更新日:2025.11.28

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前受金を受け取る際の請求書発行タイミングや書き方、仕訳方法で迷ってしまう方は多いと思います。前受金は、まだ商品やサービスを提供していない段階でお金を受け取るもの。そのため、通常の売上請求書とは性質が異なり、印紙税の扱いも少し複雑です。この記事では、印紙が必要になる具体的な条件と、トラブルを防ぐための注意点をわかりやすく解説します。
請求書の発行タイミングを理解する前に、まずは「前受金」がどのようなお金なのかを正確に把握しましょう。
前受金(まえうけきん)とは、商品やサービスを提供する前に、代金の一部または全部を顧客から前もって受け取った際に使用する勘定科目です。具体的には、商品の手付金や内金、サービスの着手金などが該当します。
まだ役務提供の義務が完了していないため、会計上は「負債」として扱われます。商品やサービスを納品した時点で、負債である前受金から「売上」へと振り替える経理処理を行います。売り手にとっては、代金の未回収リスクを軽減し、キャッシュフローを安定させるという重要な役割を果たします。
前受金と混同されやすいのが「前払金(まえばらいきん)」です。この二つは、簡単に言えば、前受金は"受け取った側の負債"、前払金は"支払った側の資産"という関係です。
つまり、売り手側から見ると、受け取ったお金はまだ商品の引き渡しやサービス提供が終わっていないため、「前受金(=負債)」として処理します。
一方、買い手側から見ると、支払ったお金は将来商品やサービスを受け取るためのものであるため、「前払金(=資産)」として処理します。
「仮受金(かりうけきん)」も、お金を受け取ったときに使う勘定科目ですが、その性質は前受金とはまったく異なります。
仮受金は、入金があったものの「どの取引に関するお金なのか」や「誰からの入金なのか」がはっきりしていないときに、一時的に使う科目です。
一方で、前受金は契約に基づいて取引内容が明確になっている点が大きな違いです。
仮受金は内容がわかり次第、売掛金の入金や前受金など、正しい勘定科目に速やかに振り替える必要があります。
前受金を受け取る取引では、請求書を発行するタイミングが非常に重要です。ここでは、前受金の請求書を発行する原則的なタイミングと、業種ごとの具体例を解説します。
前受金の請求書を発行する最も基本的なタイミングは、「契約が成立した後、かつ商品やサービスの提供が完了する前」です。前受金は、商品やサービスを提供する「前」に代金の一部または全部を受け取るためのものだからです。
取引の一般的な流れは以下のようになります。
契約が正式に成立する前に請求書を発行すると、取引先との信頼関係を損ねるおそれがあるため避けた方が安心です。また、商品やサービスの提供が完了した後に発行する請求書は、前受金ではなく「売掛金」として処理されるため、まったく性質が異なります。
前受金が発生しやすい業種を例に、より具体的な請求書のタイミングを見ていきましょう。自社のビジネスモデルに近いケースを参考にしてください。
建設業や大規模なシステム開発など、プロジェクトが長期間にわたり、かつ着手時に多額の初期費用(材料費や人件費など)が必要となる業種では、前受金の活用が一般的です。多くの場合、契約金額を分割して請求します。
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タイミング |
請求の名目 |
概要 |
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契約締結後、着工・開発着手前 |
着手金 |
プロジェクトを開始するために必要な初期費用として、契約金額の20%〜30%程度を請求します。 |
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プロジェクトの特定の工程完了時 |
中間金 |
「基礎工事完了時」や「基本設計完了時」など、あらかじめ契約で定めたマイルストーンに到達した時点で、契約金額の一部を請求します。 |
このように分割して請求することで、資金繰りを安定させながらプロジェクトを円滑に進めることができます。どのタイミングでいくら請求するかは、必ず契約書に明記しておくことが重要です。
コンサルティング業や顧問契約など、無形のサービスを一定期間にわたって提供する場合も前受金が発生します。契約形態によって請求のタイミングが異なります。
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契約形態 |
請求のタイミング |
概要 |
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月額顧問契約 |
サービス提供月の前月末 |
毎月定額のサービスを提供する場合、翌月分の顧問料を前月末までに請求し、入金を確認してからサービスを開始するのが一般的です。 |
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プロジェクト型契約 |
契約締結後、プロジェクト開始前 |
数ヶ月にわたるコンサルティングプロジェクトの場合、契約締結後に着手金として契約金額の50%などを請求します。 |
サービスの性質上、成果物が明確な形で見えにくい場合があるため、請求のタイミングと提供する役務の範囲を契約段階で明確に合意しておくことが、後のトラブルを避けるための鍵となります。
前受金の請求書は、通常の請求書とは記載内容や発行の意図が異なるため、いくつかのポイントを押さえて正しく作成する必要があります。ここでは、見本を交えながら、前受金の請求書の具体的な書き方と注意点を詳しく解説します。
前受金の請求書も、基本的な記載項目は通常の請求書と共通しています。しかし、「取引の内容」を明確に示し、これが前金であることを買い手と売り手の双方で認識できるようにすることが最も重要です。
以下に、一般的な請求書で必須となる項目と、前受金請求書で特に注意すべき点をまとめました。
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記載項目 |
記載内容のポイント |
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書類作成者の氏名または名称および登録番号 |
(インボイス発行事業者の場合)法人は会社名、個人事業主は屋号や氏名を記載します。登録番号(T+13桁の法人番号または13桁の番号)も忘れずに記載しましょう。 |
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取引年月日 |
請求書の発行日を記載します。 |
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取引内容 |
【最重要ポイント】「〇〇制作費の前受金として」「〇〇システム開発の手付金」など、何の対価であり、かつ前受金であることが明確にわかるように記載します。 |
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税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜または税込)および適用税率 |
請求する前受金の金額を、税率(10%対象、8%対象など)ごとに分けて記載します。 |
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税率ごとに区分した消費税額等 |
税率ごとに消費税額を正確に計算し、記載します。 |
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書類の交付を受ける事業者の氏名または名称 |
取引先の会社名や屋号、氏名を正確に記載します。 |
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支払期日 |
いつまでに支払ってほしいか、具体的な日付を明記します。 |
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振込先情報 |
金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、口座名義を正確に記載します。 |
以下は、前受金の請求書の見本です。品名や但し書きの書き方を参考にしてください。
請 求 書
No. 20231001-001
発行日: 2023年10月1日
株式会社〇〇 御中
株式会社△△
〒100-0001 東京都千代田区〇〇1-2-3
TEL: 03-1234-5678
登録番号: T1234567890123
下記の通りご請求申し上げます。
ご請求金額: ¥110,000-
お支払期日: 2023年10月31日
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品名 |
数量 |
単価 |
金額 |
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Webサイト制作費(前受金として) |
1 |
100,000 |
100,000 |
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小計 |
100,000 |
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消費税 (10%) |
10,000 |
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合計 |
110,000 |
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備考
本請求は、契約総額220,000円(税込)のうちの前受金分となります。残金110,000円(税込)は、納品完了後に別途ご請求申し上げます。
お振込先
〇〇銀行 △△支店
普通預金 1234567
カ)カブシキガイシャサンカクサンカク
請求書を受け取った相手方が、これが何の支払いであるかを一目で理解できるよう、品名や備考欄(但し書き)の記載が非常に重要です。トラブルを避けるためにも、契約内容と相違ないように記載しましょう。
このように、契約総額や残金についても触れておくと、取引全体のお金の流れが明確になり、双方にとって親切です。
2023年10月1日から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)に対応するためには、前受金の請求書もいくつかの要件を満たす必要があります。買い手側が仕入税額控除を受けるために必要なため、適格請求書発行事業者は必ず対応しましょう。
インボイス制度対応の主なポイントは以下の通りです。
前受金の請求書を発行した時点では、まだ商品やサービスの提供が完了していないため、原則としてインボイス(適格請求書)の交付義務は発生しません。ただし、実際の取引では買い手からインボイス対応の請求書を求められるケースが多くあります。
そのため、前受金の請求書を発行する際は、最初からインボイスの要件を満たす形式で作成しておくのがおすすめです。そして、納品時に発行する納品書などとセットで保存しておくことで、一連の流れをインボイスとして扱うことができます。取引先とあらかじめ書類の扱いについて確認しておくと、後のやり取りもスムーズになります。
ここでは、具体的な仕訳例を交えながら、正しい会計処理の流れをステップごとに解説します。
まず、商品やサービスの提供前に請求書を発行し、代金の一部または全部を前受金として受け取った時の仕訳です。この段階では、まだ売上は発生していません。受け取った現金や預金は「資産の増加」として借方に、同額を「前受金」という負債の勘定科目で貸方に計上します。
【設例】
株式会社Aが、株式会社BからWebサイト制作(総額330,000円・税込)の着手金として、半金の165,000円を普通預金口座に振り込みで受け取った。
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借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
|
普通預金 |
165,000円 |
前受金 |
165,000円 |
この仕訳により、貸借対照表の負債の部に「前受金」が計上され、将来的にサービスを提供する義務があることを示します。
次に、契約通りに商品やサービスを提供(納品)し、売上が確定した時点での仕訳です。このタイミングで、負債として計上していた「前受金」を売上に振り替えます。これを「売上の振替」と呼びます。
【設例】
株式会社Aが、株式会社BにWebサイトを納品し、残金165,000円を普通預金口座で受け取った。
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借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
|
普通預金 |
165,000円 |
売上 |
300,000円 |
|
前受金 |
165,000円 |
仮受消費税等 |
30,000円 |
この仕訳によって、まず負債だった「前受金」が借方に計上されて消滅します。そして、貸方に総額分の「売上」と「仮受消費税等」が計上され、損益計算書に収益として反映されます。残金の入金も同時に処理することで、一連の取引が完了します。
前受金の会計処理で特に注意したいのが、消費税の扱いです。消費税を誤ったタイミングで計上すると、税務上のトラブルにつながるおそれがあります。
消費税法では、消費税の納税義務は「商品やサービスを実際に提供した時点」で発生すると定められています。そのため、前受金を受け取った時ではなく、実際に売上を計上するタイミングで消費税を認識するのが正しい処理です。
【よくあるミス】
前受金が入金された時点で、その金額に含まれる消費税額を「仮受消費税等」として計上してしまうケースです。
(誤った仕訳例)
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借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
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普通預金 |
165,000円 |
前受金 |
150,000円 |
|
仮受消費税等 |
15,000円 |
この仕訳は誤りです。前述の通り、消費税は売上計上時にまとめて計上します。インボイス制度が導入された後も、この消費税の計上タイミングの原則は変わりません。正しい会計処理を徹底し、適切な納税を行いましょう。
ここでは、前受金の請求書に関して実務でよく寄せられる質問とその回答をまとめました。経理処理や法律に関する疑問点を解消し、適切な対応ができるようになりましょう。
結論として、前受金の請求書には原則として収入印紙は不要です。
印紙税がかかるのは、印紙税法で定められた「課税文書」に該当する場合ですが、一般的な請求書はこれに当たりません。
ただし、請求書の中に「代済」「相済」「了」など、代金を受け取ったことを示す表現があると注意が必要です。その場合、書類は税法上「領収書」とみなされ、金額に応じた収入印紙の貼付が必要になります。
前受金の請求書を作成する際は、あくまで「請求のみ」を目的とし、入金の事実は記載しないようにしましょう。入金後に別途、領収書を発行するのが正しい対応です。
建設業の着手金・中間金や、長期コンサルティング契約の月額費用など、前受金が複数回に分割されて入金されるケースは少なくありません。この場合の請求と経理処理は、以下の方法で行います。
請求書の発行方法としては、主に2つのパターンが考えられます。
どちらの方法を選択するかは、契約内容や取引先との取り決めによります。経理処理としては、入金があるたびにその金額を「前受金」として負債勘定に計上します。そして、最終的に商品やサービスの提供が完了した時点で、前受金の合計額を「売上」に振り替えます。
例えば、総額110万円(税込)の案件で、着手金55万円、納品後残金55万円のケースを見てみましょう。
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タイミング |
借方 |
貸方 |
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1. 着手金55万円の入金時 |
普通預金 550,000 |
前受金 550,000 |
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2. 商品・サービスの納品時 |
前受金 550,000 売掛金 550,000 |
売上 1,000,000 仮受消費税 100,000 |
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3. 残金55万円の入金時 |
普通預金 550,000 |
売掛金 550,000 |
契約のキャンセルや内容の変更により、受け取った前受金を取引先に返金する必要が生じることがあります。この場合の経理処理は、前受金を受け取った際の仕訳を取り消す「逆仕訳」を行うのが基本です。
つまり、入金時に貸方に計上した「前受金」を借方に計上し、資産(普通預金など)の減少として貸方に実際の返金額を記載します。
例えば、受け取っていた前受金30万円を普通預金から返金した場合の仕訳は以下のようになります。
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タイミング |
借方 |
貸方 |
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入金時:前受金30万円を受け取った |
普通預金 300,000 |
前受金 300,000 |
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返金時:前受金30万円を返金した |
前受金 300,000 |
普通預金 300,000 |
このように、入金時と反対の処理をすることで、会計帳簿上の前受金残高を正しく修正できます。返金の事実を証明するために、銀行の振込明細書などを必ず保管しておきましょう。
前受金の請求書は、基本的には印紙税の対象外です。ただし、代金を受け取ったことを示す文言が含まれていると「領収書」とみなされ、印紙の貼付が必要になる場合があります。請求書には入金の事実を記載せず、入金確認後に別途領収書を発行するのが安心です。少しの違いで税務処理が変わるため、細かな表現にも注意して作成しましょう。