更新日:2025.06.26
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インボイス制度が始まり、交通費の精算や経理処理について「これはどう処理すればいいの?」と戸惑っている方も多いのではないでしょうか。本記事では、3万円未満の交通費に適用される特例の内容や、注意すべき例外、仕訳や保存方法まで、なるべくやさしく解説しています。制度に振り回されず、スムーズに経理処理ができるよう一緒に整理していきましょう。
2023年10月1日から始まったインボイス制度は、日々の経費精算にも影響を与えています。特に、従業員の移動に不可欠な公共交通機関の利用について、インボイスの取り扱いに戸惑う方もいらっしゃるのではないでしょうか。この章では、インボイスの原則的なルールについて、わかりやすく解説します。
インボイス制度とは、正式には「適格請求書等保存方式」といい、消費税の仕入税額控除に関する新しい制度です。この制度の主な目的は、複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の適正化です。
買い手側(事業者)が消費税の仕入税額控除を受けるためには、原則として、売り手側(適格請求書発行事業者)から交付された適格請求書(インボイス)の保存が必要となります。適格請求書には、発行事業者の登録番号、適用税率、税率ごとに区分した消費税額などが記載されている必要があります。
公共交通機関の運賃については、一定の条件下でインボイスの保存がなくても仕入税額控除が認められる特例があります。これを「公共交通機関特例」と呼びます。
この特例が設けられている主な理由は、鉄道やバスなどの公共交通機関では、不特定多数の利用者に都度インボイスを発行することが実務上困難であるためです。具体的には、3万円未満の公共交通機関による旅客の運送については、インボイスの保存がなくとも、帳簿に一定の事項を記載することで仕入税額控除が認められます。
インボイス制度には、公共交通機関特例の他にも「出張旅費等特例」というものがあり、混同されやすいですが、これらは異なる特例です。それぞれの主な違いを整理しましょう。
項目 |
公共交通機関特例 |
出張旅費等特例 |
対象となる費用 |
3万円未満の公共交通機関(船舶、バス、鉄道)による旅客の運送 |
従業員等に支給する通常必要と認められる出張旅費等(交通費、宿泊費、日当など) |
金額要件 |
1回の取引金額が3万円未満 |
社会通念上、通常必要と認められる範囲内(具体的な金額上限はなし) |
インボイス保存 |
不要(帳簿への記載で可) |
不要(帳簿への記載で可) |
帳簿への記載事項 |
取引年月日、取引内容、支払金額、相手方の氏名または名称、公共交通機関特例の対象である旨など |
取引年月日、取引内容、支払金額、出張旅費等特例の対象である旨、出張した従業員等の氏名など |
適用場面の例 |
従業員が立て替えた電車代やバス代の精算、会社が直接支払う近距離の交通費など |
従業員の出張に伴う交通費、宿泊費、日当の会社規定に基づく精算 |
公共交通機関特例は、利用した交通機関が発行するインボイスの保存を不要とするもので、従業員への支払いだけでなく、会社が直接交通機関に支払う場合も対象となり得ます。一方、出張旅費等特例は、会社が従業員に対して支払う出張旅費等が対象となり、交通費に限らず宿泊費や日当も含まれます。どちらの特例を適用するかは、取引の実態に応じて判断する必要があります。
インボイス制度が始まっても、日常的に利用する公共交通機関の運賃については、一定の条件下でインボイスの保存が不要となる特例が設けられています。この章では、具体的にどのようなケースでインボイスが不要になるのか、経理処理のポイントと合わせて解説します。
通勤や業務中の移動で頻繁に利用される電車(JR各線、私鉄各線)や路線バスの運賃は、インボイス制度における「公共交通機関特例」の対象のため、3万円未満の旅客運送については、利用の事実を記録した帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められます。
交通機関種別 |
具体例 |
鉄道(JR) |
JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州 |
鉄道(私鉄) |
東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、京王電鉄、小田急電鉄、東急電鉄、京浜急行電鉄、東京地下鉄(東京メトロ)、相模鉄道、名古屋鉄道、近畿日本鉄道、阪急電鉄、阪神電気鉄道、南海電気鉄道、西日本鉄道 など |
路線バス |
都営バス、横浜市営バス、名古屋市営バス、京都市営バス、大阪シティバスなどの公営バス、および各地の民間路線バス会社(例:神奈川中央交通、西鉄バス、名鉄バスなど) |
これらの交通機関を利用した際は、出張旅費精算書や経費精算システムへの入力など、社内ルールに基づいた帳簿への記録と、その証拠となる書類(利用履歴や領収書があればなお良い)の保管を適切に行いましょう。
タクシー料金については、注意が必要です。タクシーは「公共交通機関特例」(3万円未満の公共交通機関による旅客の運送についてインボイス保存を不要とする特例)の直接の対象とはなっていません。しかし、従業員が出張などでタクシーを利用し、その費用を会社が負担する場合、1回の支払いが3万円未満であれば「出張旅費等特例」の適用を受けられる可能性があります。この特例では、企業が従業員に支給する通常必要と認められる出張旅費等(交通費、宿泊費、日当など)について、インボイスの保存がなくても帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められます。
そのため、インボイスなしで経理処理が可能です。ただし、この場合でも、利用日、利用区間、金額などが記載された領収書の入手と保存、そして帳簿への正確な記録が重要となります。
対象となるケースの例:
なお、利用したタクシー会社がインボイス発行事業者でない場合(免税事業者など)は、原則として仕入税額控除の対象外となりますのでご注意ください(経過措置が適用される場合もあります)。インボイス発行事業者であるか否かは、領収書に登録番号が記載されているかなどで確認できます。
国内出張などで利用する国内線の航空券や、国内航路のフェリー乗船券についても、1回の取引における支払額が3万円未満であれば、「公共交通機関特例」の対象となり、インボイスの保存は原則不要です。
交通機関種別 |
具体例 |
国内航空会社 |
日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)、スカイマーク、AIRDO(エア・ドゥ)、ソラシドエア、スターフライヤー、Peach Aviation(ピーチ)、ジェットスター・ジャパン、Spring Japan(春秋航空日本) など |
国内フェリー・旅客船会社 |
津軽海峡フェリー、商船三井さんふらわあ、太平洋フェリー、新日本海フェリー、東京九州フェリー、東海汽船、佐渡汽船 など(各地域の離島航路を運航する会社を含む) |
これらの交通機関を利用した場合も、電車やバスと同様に、帳簿への適切な記載が求められます。予約確認メール、搭乗券(またはその半券)、eチケットお客様控え、クレジットカードの利用明細など、利用の事実と金額を証明できる書類を保管しておくことが経理処理を円滑に進める上で有効です。
特に航空券の場合、インターネット予約が主流であり、紙の領収書が発行されないケースも増えています。その場合は、航空会社のウェブサイトや予約確認メールからダウンロードできる旅程表や電子領収書データを保存しましょう。
いくつかの例外パターンではインボイス(適格請求書)の入手と保存が必要になります。仕入税額控除を正しく受けるために、これらのケースを把握しておきましょう。
1回の取引金額が税込3万円以上の公共交通機関の利用は、「公共交通機関特例」の対象外となります。そのため、適格請求書の保存が必要です。例えば、長距離の新幹線や特急列車、国内航空券、国際航空券、長距離フェリーなどが該当する可能性があります。利用の際には、インボイスの要件を満たした領収書や請求書を入手しましょう。
特定のタクシー会社と継続的な送迎契約を結んでいる場合や、社員旅行やイベント送迎などで貸切バス会社と契約して利用する場合は、個別の運賃支払いとは異なり、事業者間の取引とみなされます。これらのケースでは、取引金額にかかわらず、契約先の事業者からインボイスを発行してもらい、保存する必要があります。
出張や旅行の際に、JR券、航空券、乗船券などを旅行代理店(例:JTB、日本旅行、楽天トラベルなど)を通じて手配した場合、交通機関から直接購入したわけではないため、「公共交通機関特例」は適用されません。この場合、支払い先は旅行代理店となるため、その旅行代理店が発行するインボイスの保存が必要になります。予約時や支払い時に、旅行代理店が適格請求書発行事業者であるかを確認し、インボイスの発行を依頼しましょう。
インボイスが必要となる場合に、各交通機関でどのように入手すればよいか、具体的な方法と注意点を解説します。
JR各社(JR東日本、JR東海、JR西日本など)の新幹線や特急列車を利用し、その運賃・料金が3万円以上になる場合はインボイスが必要です。入手方法は以下の通りです。
注意点:領収書に「登録番号(T+13桁の数字)」が記載されているか必ず確認しましょう。自動券売機や一部の窓口では対応していない場合もあるため、事前に確認するか、対応可能な方法で入手してください。
国内線・国際線を問わず、航空券や飛行機の代金が3万円以上の場合はインボイスの保存が必要です。JAL(日本航空)やANA(全日本空輸)、LCC(格安航空会社)各社で入手方法が異なりますが、一般的には以下の方法があります。
注意点:発行される「eチケットお客様控え」や「領収書」がインボイスの要件(登録番号、適用税率、消費税額など)を満たしているか確認が必要です。国際航空運賃は原則として消費税不課税ですが、国内区間が含まれる場合や、国内の空港施設利用料(PSFC)など課税対象となる費用が含まれる場合は、その部分についてインボイスが必要となることがあります。
長距離フェリーや観光船などで、乗船券の代金が3万円以上となる場合はインボイスが必要です。
注意点:領収書に登録番号が記載されているか確認しましょう。特に小規模な運行会社の場合、適格請求書発行事業者でない可能性もあるため、事前に確認することが望ましいです。
1回の利用料金が3万円を超える場合、またはタクシー会社と継続的な利用契約を結んでいる場合はインボイスが必要です。
注意点:領収書に登録番号が記載されているか必ず確認してください。個人タクシーの場合、適格請求書発行事業者でない場合もあります。その場合は仕入税額控除ができないため注意が必要です。事前に確認するか、事業者登録しているタクシーを選ぶとよいでしょう。
社員旅行、研修、イベント送迎などで貸切バスを利用する場合は、金額にかかわらずインボイスの保存が必要です。これは公共交通機関特例の対象外となるためです。
注意点:契約前に、貸切バス会社が適格請求書発行事業者であるかを確認し、インボイスを発行してもらえるかを確認しておくことが重要です。見積書や契約書にも登録番号が記載されているか確認しましょう。
交通手段を旅行代理店(店舗型、オンライン型含む)を通じて手配した場合、その代理店からインボイスを入手する必要があります。
注意点:支払い先である旅行代理店が適格請求書発行事業者であるかを確認してください。交通機関が発行する領収書ではなく、あくまで旅行代理店が発行するインボイスが必要です。オンライン旅行代理店(OTA)の場合、サイト上で発行される領収書や請求書がインボイスに対応しているか確認しましょう。
インボイス制度導入に伴い、交通費の経理処理や関連書類の保存方法にも変更点があります。ここでは、適格請求書(インボイス)がある場合の処理手順と、領収書などの保存に関する注意点を解説します。
交通費に関して適格請求書(インボイス)を受領した場合、そのインボイスを適切に保存し、帳簿にも必要事項を記載する必要があります。
例えば、業務で利用したタクシー代について、インボイスを受け取り現金で支払った場合の仕訳例は以下の通りです。
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
旅費交通費 |
XX,XXX |
現金 |
XX,XXX |
タクシー代(株式会社ABCタクシー、登録番号:T1234567890123) |
仮払消費税等 |
X,XXX |
会計ソフトを使用している場合は、インボイス制度に対応した機能を利用して、受領したインボイスの情報を正確に入力・管理しましょう。
原則として適格請求書(インボイス)の保存が必須です。従来の領収書や利用明細書がインボイスの記載要件(登録番号、適用税率、消費税額等)を満たしていない場合、それだけでは仕入税額控除の対象とはなりません。
一方で、「公共交通機関特例」が適用される取引については、インボイス自体は不要です。ただし、帳簿には「公共交通機関特例」など、特例の対象である旨を記載する必要があります。この際、経費の正当性を担保するために、利用日や区間、金額がわかる利用明細やICカードの利用履歴、切符などを社内規定に基づいて保管しておくことが望ましいでしょう。
インボイスを電子データ(例:PDFファイルなど)で受け取った場合は、電子帳簿保存法の要件に従い、電子データのまま保存する必要があります。紙で受け取ったインボイスも、スキャナ保存の要件を満たせば電子データとして保存することが可能です。これらの書類の保存期間は、原則としてその事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年間です。
交通系ICカード(例:Suica、PASMO)へのチャージ(入金)そのものは、物品の購入やサービスの提供が確定していないため、課税仕入れには該当せず、インボイス(適格請求書)の交付対象外となります。
交通系ICカードの利用履歴は、インボイスの要件(発行事業者の登録番号など)を満たしていない場合が多いため、通常はインボイスとして扱えません。重要なのは、チャージ時ではなく、実際の利用時に公共交通機関特例の条件を満たすかどうかです。
回数券や定期券の購入は、将来にわたる旅客運送サービスを受けるための対価であり、原則として課税仕入れに該当します。3万円以上の定期券などを購入する際は、発行事業者がインボイス制度に対応しているか確認し、インボイスの交付を依頼しましょう。
従業員が作成・提出する立替金精算書自体は、インボイス(適格請求書)ではありません。インボイス制度において保存が求められるのは、あくまで取引の相手方(この場合は交通事業者など)が発行したインボイスです。立替金精算書は、従業員が立て替えた経費の明細を会社に報告し、精算を受けるための社内手続きに必要な書類としての役割を担います。
公共交通機関の運賃は、原則として3万円未満であればインボイスの保存が不要となる「公共交通機関特例」が適用されます。日常的に利用する電車やバスの経費処理は、帳簿への記録で対応できるため、実務負担を軽減できるのがポイントです。
ただし、3万円以上の利用や、旅行代理店経由・タクシーの継続契約といったケースではインボイスの保存が必要になるため注意が必要です。
正しい手順で対応すれば、精算ミスや控除漏れを防ぐことができます。日々の処理をスムーズに進めるためにも、制度の基本と例外をしっかり押さえておきましょう。