更新日:2025.12.18

ー 目次 ー
2023年10月から始まったインボイス制度により、消費税の納税額を計算するうえで重要な「仕入税額控除」のルールが大きく変わりました。「免税事業者との取引があるが、消費税の負担が増えるのでは?」「控除を受けるための要件が複雑でよくわからない」といった不安や疑問をお持ちの事業者の方も多いのではないでしょうか。この記事を読めば、インボイス制度における仕入税額控除の基本的な仕組みから、控除を受けるための具体的な2つの要件、そして急激な負担増を緩和するために設けられた経過措置や特例について、初心者の方にも理解できるよう順を追って把握できます。本記事で、あなたが今すぐやるべきことと損をしないための対策を明確にしましょう。
インボイス制度(適格請求書等保存方式)は、多くの事業者にとって消費税の納税額に直接関わる重要な制度です。特に、事業で発生したコストにかかる消費税を差し引く「仕入税額控除」のルールが大きく変わりました。この仕組みを正しく理解していないと、これまでより多くの消費税を納めることになり、手元に残る資金が減ってしまう可能性があります。
まずは、仕入税額控除の基本的な仕組みと、なぜインボイス制度によってルールが変更されたのかを理解しましょう。
仕入税額控除とは、事業者が消費税を納める際に、売上にかかる消費税額から、商品の仕入れや経費の支払いで負担した消費税額を差し引くことができる仕組みです。
消費税は、商品やサービスの流れの各段階で課税されますが、最終的に負担するのは消費者です。もし事業者が仕入れ時に支払った消費税を差し引けないと、消費税が二重、三重に課税されてしまうことになります。仕入税額控除は、このような消費税の二重払いを防ぐために不可欠な制度です。
例えば、小売業者が商品を販売するまでの流れで見てみましょう。
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取引段階 |
事業内容 |
預かった消費税 |
支払った消費税 |
納付する消費税額 |
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卸売業者 |
商品を7,000円で小売業者に販売 |
700円(小売業者から) |
0円 |
700円 |
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小売業者 |
商品を10,000円で消費者に販売 |
1,000円(消費者から) |
700円(卸売業者へ) |
300円(1,000円 - 700円) |
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合計 |
消費者が最終的に負担 |
1,000円 |
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上記の例では、小売業者は消費者から預かった消費税1,000円から、卸売業者に支払った消費税700円を差し引いた300円を納税します。この「700円を差し引くこと」が仕入税額控除です。
最終的に国に納められる消費税の合計は、卸売業者の700円と小売業者の300円を合わせて1,000円となり、消費者が負担した金額と一致します。
インボイス制度の導入により、この仕入税額控除を受けるためのルールが厳格化されました。その主な理由は、大きく2つあります。
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項目 |
インボイス制度導入前 |
インボイス制度導入後(原則) |
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仕入税額控除の要件 |
区分記載請求書と帳簿の保存 |
適格請求書(インボイス)と帳簿の保存 |
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免税事業者からの仕入れ |
仕入税額控除が可能 |
仕入税額控除が不可 |
このように、インボイス制度は、消費税の仕組みをより正確かつ公平なものにするために導入されました。
事業者にとっては、仕入税額控除を正しく適用するために、取引先がインボイス発行事業者かどうかを確認し、適切な請求書を保存することがこれまで以上に重要になります。
インボイス制度下で消費税の仕入税額控除を適用するためには、原則として以下の2つの要件を満たす必要があります。これまでとは手続きが異なるため、正確に理解しておかないと、本来受けられるはずの控除が受けられなくなる可能性があります。
ここでは、事業者が必ず押さえておくべき2つの要件を具体的に見ていきましょう。
仕入税額控除を受けるための最も重要な要件は、取引の相手方(売り手である適格請求書発行事業者)から交付された「適格請求書(インボイス)」を保存することです。レシートや領収書、請求書などがインボイスの要件を満たしていれば、それらが保存すべき書類となります。
適格請求書として認められるためには、従来の請求書(区分記載請求書)の記載事項に加えて、以下の項目が記載されている必要があります。
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記載が必要な項目 |
内容のポイント |
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適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号 |
Tから始まる13桁の番号が記載されているかを確認します。 |
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取引年月日 |
課税仕入れを行った年月日を記載します。 |
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取引内容(軽減税率の対象品目である旨) |
軽減税率(8%)の対象品目には「※」などの記号でその旨を記載します。 |
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税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜きまたは税込み)および適用税率 |
10%と8%の税率ごとに、合計金額と適用税率を明記します。 |
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税率ごとに区分した消費税額等 |
10%と8%の税率ごとに、消費税額をそれぞれ記載します。 |
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書類の交付を受ける事業者の氏名または名称 |
取引相手(買い手)の名称を記載します。 |
受け取った請求書やレシートにこれらの項目、特に「登録番号」「適用税率」「税率ごとの消費税額」が正しく記載されているかを必ず確認しましょう。これらの書類は、原則として7年間の保存が義務付けられています。
適格請求書をただ保存するだけでは、仕入税額控除の要件を満たしたことにはなりません。適格請求書の保存とあわせて、定められた事項を記載した帳簿を作成し、保存する必要があります。これは、取引の事実を客観的に証明するための重要な書類となります。
帳簿には、以下の事項を正確に記載しなければなりません。
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帳簿への記載事項 |
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課税仕入れの相手方の氏名または名称 |
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取引年月日 |
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取引内容(軽減税率の対象品目である旨) |
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対価の額(支払った金額) |
これらの記載事項は、基本的にこれまでの会計処理で記載していた内容と大きくは変わりません。重要なのは、保存している適格請求書の内容と帳簿の記載内容が一致していることです。日々の経理処理において、受け取ったインボイスに基づいて正確に記帳する習慣を徹底することが、適切な税務処理の基本となります。
インボイス制度の開始に伴い、仕入先の免税事業者との取引で急激な税負担増が生じないよう、一定期間に限り特別なルールが設けられました。これが「経過措置」です。この措置により、インボイス(適格請求書)を発行できない免税事業者からの仕入れであっても、事業者の負担を緩和するために、仕入税額相当額の一定割合を控除することが認められています。
この経過措置は、インボイス制度への円滑な移行を目的とした時限的な特例であり、課税事業者であれば事前の届出などは不要で適用を受けられます。
インボイス制度の原則では、適格請求書発行事業者以外(免税事業者や、登録していない課税事業者)からの課税仕入れは、仕入税額控除の対象外となります。しかし、経過措置が適用される期間中は、取引先が免税事業者であっても、支払った消費税額の一部を仕入税額として控除できます。
この措置を正しく理解し活用することで、制度開始後の税負担を軽減することが可能です。ただし、控除を受けるためには、後述する帳簿への記載要件などを満たす必要があります。
経過措置が適用される期間と、仕入税額控除が認められる割合は、以下のように段階的に定められています。期間が経過するごとに控除できる割合が減少し、最終的には控除ができなくなります。
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期間 |
控除できる割合 |
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2023年10月1日~2026年9月30日 |
仕入税額相当額の80% |
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2026年10月1日~2029年9月30日 |
仕入税額相当額の50% |
2029年10月1日以降は、この経過措置は完全に終了し、免税事業者からの課税仕入れについては、仕入税額控除が一切できなくなりますので注意が必要です。
インボイス制度が開始された2023年10月1日から3年間、つまり2026年9月30日までの期間は、免税事業者からの課税仕入れについて、仕入税額相当額の80%を控除することが可能です。例えば、免税事業者に消費税10%込みで11,000円を支払った場合、消費税額は1,000円ですが、その80%にあたる800円を仕入税額控除の対象とすることができます。
次の3年間、2026年10月1日から2029年9月30日までの期間は、控除割合が50%に引き下げられます。上記と同じ例で、免税事業者に11,000円を支払った場合、控除できる金額は消費税額1,000円の50%、つまり500円となります。制度への完全移行に向けて、控除額が段階的に減少していくことを覚えておきましょう。
免税事業者からの仕入れについて経過措置の適用を受けるためには、通常の帳簿の記載事項に加えて、その取引が経過措置の対象であることを明記する必要があります。具体的には、以下の2点を満たす必要があります。
帳簿には、通常の取引内容に加え、「80%控除対象」や「経過措置適用」といった、どの経過措置の対象であるかが客観的にわかるように記載しなければなりません。例えば、摘要欄に「免税事業者からの仕入れ(80%控除)」と追記したり、補助科目を設定して管理したりする方法が考えられます。この記載がないと控除が認められない可能性があるため、経理処理の際には特に注意しましょう。
インボイス制度では、事業者の負担を軽減するために、これまで解説した経過措置以外にもいくつかの特例が設けられています。特に、事務負担を軽くする「少額特例」は多くの事業者に関係する重要な制度です。また、混同されやすい売り手側の「2割特例」との違いも理解し、自社に適用される制度を正しく把握しましょう。
少額特例とは、税込1万円未満の課税仕入れについて、適格請求書(インボイス)の保存がなくても、一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除を適用できる制度です。これにより、少額な経費精算における事務負担が大幅に軽減されます。
ただし、この特例はすべての事業者が対象ではなく、適用できる期間も限定されているため注意が必要です。詳細は以下の通りです。
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項目 |
内容 |
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対象者 |
基準期間における課税売上高が1億円以下、または特定期間における課税売上高が5,000万円以下の事業者 |
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対象となる取引 |
税込価格が1万円未満の課税仕入れ |
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適用要件 |
一定の事項を記載した帳簿の保存(インボイスの保存は不要) |
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適用期間 |
2023年10月1日から2029年9月30日まで |
この特例を利用する場合でも、帳簿への正確な記載は必須となりますので、経理処理の際には十分にご注意ください。
インボイス制度の特例としてよく話題になるのが「2割特例」です。これは、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった事業者を対象に、納税額の負担を軽減するための制度です。
具体的には、売上にかかる消費税額の2割を納付すればよいという特例で、仕入税額控除の計算が不要になるため、事務負担も軽減されます。これまで解説してきた「経過措置」や「少額特例」が買い手側(仕入税額控除を受ける側)の特例であるのに対し、2割特例は売り手側(消費税を納付する側)の特例であるという点が大きな違いです。それぞれの制度を混同しないように、下の表で整理しておきましょう。
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特例の名称 |
対象者の立場 |
内容 |
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経過措置 |
買い手(課税事業者) |
免税事業者からの仕入れでも、一定割合の仕入税額控除が可能 |
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少額特例 |
買い手(一定規模以下の課税事業者) |
税込1万円未満の仕入れについて、インボイス保存不要で仕入税額控除が可能 |
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2割特例 |
売り手(免税から課税事業者になった事業者) |
売上税額の2割を納税額とすることができる |
このように、インボイス制度には様々な立場の事業者に向けた特例措置が用意されています。自社の状況に合わせて、どの特例が利用できるのかを正しく理解することが重要です。
インボイス制度の仕入税額控除に関して、事業者の方が抱きやすい疑問をQ&A形式で解説します。具体的なケースを想定して、控除の可否や対応方法を確認しましょう。
はい、原則として仕入税額控除を受けることはできません。
仕入税額控除の適用を受けるためには、買い手自身が消費税の課税事業者である必要があります。インボイス制度(適格請求書等保存方式)のもとでは、適格請求書発行事業者に登録した課税事業者でなければ、原則として仕入税額控除が認められません。
もしご自身が免税事業者のままである場合、取引先から適格請求書(インボイス)を受け取ったとしても、その仕入れにかかる消費税額を控除することはできない点に注意が必要です。
いいえ、控除の対象にはなりません。仕入税額控除の可否を判断する基準は、経費の「支払日」ではなく、「課税仕入れを行った日」です。
具体的には、商品の引き渡しやサービスの提供を受けた日が、ご自身が適格請求書発行事業者として登録された日より後である必要があります。たとえインボイス登録後に支払いを行ったとしても、取引自体が登録前に行われたものであれば、その経費は仕入税額控除の対象外となります。
はい、保存形式が取引先ごとに異なっていても問題ありません。
PDFファイルやEDI取引、クラウドサービス経由で受け取るなど、電子インボイスの提供方法は様々ですが、形式が統一されていなくても控除要件を満たすことは可能です。
ただし、受け取った電子インボイスは、電子帳簿保存法の要件に従って保存する義務があります。具体的には、主に以下の2つの要件を満たす必要があります。
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保存要件 |
主な内容 |
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真実性の確保 |
受け取った電子データが改ざんされていないことを証明するための措置(例:タイムスタンプの付与、訂正削除の履歴が残るシステムでの保存など) |
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可視性の確保 |
「取引年月日」「取引金額」「取引先」で検索できる状態にし、必要に応じて速やかにディスプレイ等に表示・印刷できる状態を確保すること |
これらの要件を満たしていれば、保存形式がバラバラであっても仕入税額控除の適用を受けることができます。
2023年10月1日から始まったインボイス制度により、消費税の仕入税額控除を受けるためには、原則として「適格請求書(インボイス)」と「一定の事項を記載した帳簿」の両方を保存することが必須となりました。特に重要なのが、制度開始後の急激な負担増を緩和するために設けられた経過措置です。この措置により、免税事業者などインボイスを発行できない事業者からの仕入れであっても、2029年9月30日までは一定割合の控除が認められます。また、一定規模以下の事業者には、1万円未満の課税仕入れについてインボイスの保存が不要となる「少額特例」などの制度も用意されています。自社の状況に合わせてこれらの特例を適切に活用していきましょう。