更新日:2025.06.26
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法律事務所のインボイス制度対応、もう迷いません。本記事を読めば、制度の基本から登録番号の取得、請求書の実務、法律事務所特有の注意点まで現場の目線に立ってわかりやすく解説しています。適格請求書発行事業者としての必須知識や、弁護士報酬・実費の適切な処理方法も明確になり、読み終えた頃には、貴事務所のインボイス対応がぐっとクリアになるはずです。
インボイス制度(正式名称:適格請求書等保存方式)は、2023年10月1日から開始された消費税の仕入税額控除に関する新しい制度です。この制度の導入により、法律事務所の業務においても消費税の取り扱いに大きな変更が生じています。
具体的には、売手が買手に対して正確な適用税率や消費税額等を伝えるための「適格請求書(インボイス)」の交付・保存が求められます。買手は、原則としてこの適格請求書がなければ、仕入れにかかった消費税額の控除(仕入税額控除)を受けることができません。
法律事務所への影響は、主に以下の2つの側面から考えられます。
これまで免税事業者であった法律事務所も、取引先の状況によっては適格請求書発行事業者への登録を検討する必要が出てくるなど、事務所運営に直接的な影響を及ぼします。
法律事務所の日常業務において、インボイス制度が具体的にどのような場面で影響するのかを理解しておくことは非常に重要です。主な場面としては、報酬の請求時と経費の支払い時が挙げられます。
クライアントが課税事業者である場合、法律事務所が適格請求書を発行できないと、クライアントが仕入税額控除を受けられず、実質的な負担増につながる可能性があります。そのため、クライアントとの関係性や取引内容を考慮し、適切に対応することが求められます。
「法律事務所におけるインボイス制度の実務対応!」の章でさらに詳しい実務への影響について解説していきます。
インボイス制度(適格請求書等保存方式)への対応は、今や多くの法律事務所にとって避けて通れないテーマとなっています。とくに登録が必要かどうか迷われている方にとっては、判断の軸や手続きの流れを整理しておくことが大切です。本章では、インボイス発行事業者としての登録を検討する際に押さえておきたい判断基準、申請方法、スケジュールの目安までを、丁寧に解説します。
法律事務所が適格請求書発行事業者の登録を受けるべきか否かは、事務所の状況や取引先の要望によって異なります。以下に主な判断基準を示しますので、ご自身の状況と照らし合わせて検討しましょう。
まず考慮すべきは、クライアント(顧問先企業や依頼者)が課税事業者であり、仕入税額控除のためにインボイス(適格請求書)の交付を求めているかどうかです。法人クライアントが多い法律事務所の場合、インボイスの発行ができないと、クライアントが消費税の仕入税額控除を受けられず、結果として取引が見直される可能性があります。
一方で、主なクライアントが消費者や免税事業者である場合は、インボイス発行の必要性は相対的に低くなります。しかし、将来的に法人クライアントとの取引が増える可能性も考慮に入れる必要があります。
ご自身の事務所が現在、消費税の課税事業者であるか免税事業者であるかも重要なポイントです。基準期間の課税売上高が1,000万円を超える場合は課税事業者であり、インボイス発行事業者としての登録を検討するのが一般的です。免税事業者の場合は、インボイスを発行するために課税事業者への転換と登録申請が必要になります。その際の事務負担増なども考慮して総合的に判断しましょう。
事務所の状況 |
インボイス登録の推奨度 |
主な考慮事項 |
主なクライアントが課税事業者で、インボイスの交付を求めている |
高い |
クライアントの仕入税額控除のために登録が望ましい。 |
主なクライアントが消費者や免税事業者である |
低い~中程度 |
現状の必要性は低いが、将来の取引拡大や一部の課税事業者クライアントへの対応を考慮。 |
既に消費税の課税事業者である(課税売上高1,000万円超) |
非常に高い |
課税事業者はインボイス発行の準備を進めるのが一般的。 |
消費税の免税事業者である(課税売上高1,000万円以下) |
要検討 |
取引先の意向、今後の事業展開、課税転換による事務負担などを総合的に判断。 |
最終的な判断は、個々の法律事務所の事業戦略やクライアントとの関係性に基づいて行う必要があります。
適格請求書発行事業者の登録申請には、所定の申請書が必要です。申請方法には、オンラインで行うe-Taxと書面を郵送する方法があります。
登録申請に必要な主な書類は以下の通りです。
申請書は国税庁のウェブサイトからダウンロードできます。
主な申請方法は以下の2つです。
手続きの迅速性や利便性を考慮すると、e-Taxによる申請が推奨されます。
インボイス発行事業者の登録を受けるためには、計画的な準備が不可欠です。申請から登録番号の通知までには一定の期間を要するため、早めの対応を心がけましょう。
e-Tax(WEB版)を利用する場合の一般的な流れ:
書面で申請する場合の一般的な流れ:
登録申請書を提出してから、税務署での審査を経て登録番号が通知されるまでの期間は、申請方法や時期によって変動します。
ただし、申請が集中する時期などは、これ以上の期間を要する場合もあります。インボイス制度の開始日や、特定の課税期間の初日から登録を受けたい場合は、その日に間に合うように余裕をもって申請手続きを行うことが重要です。原則として、登録希望日の1ヶ月前までに申請書を提出する必要がありますが、制度開始当初は柔軟な対応が取られることもありました。最新の情報は国税庁のウェブサイトで必ず確認し、できる限り早期に申請準備を進めることをお勧めします。登録が完了すると、登録番号や公表情報などが記載された「登録通知書」が送付されます。
弁護士や法律事務所のインボイス登録番号は、国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」で確認できます。サイト内で氏名や事務所名を入力することで、登録の有無や番号を検索可能です。検索は無料で、PC・スマホどちらからでも簡単に行えます。
受け取った請求書に記載された登録番号が正しいかどうかを確認する際にも重要です。確認を怠ると、税務処理に支障が出るおそれがあるため、日頃からのチェックを習慣づけておくと安心です。
インボイス制度の開始に伴い、法律事務所の日常業務においても具体的な対応が求められます。ここでは、請求書の発行から受領、保存に至るまで、法律事務所が実務上押さえておくべきポイントを詳細に解説します。
法律事務所の請求項目は、弁護士報酬と実費に大別されます。インボイス制度においては、これらの区分と消費税の取り扱いを正確に理解することが極めて重要です。
弁護士報酬は、法律相談、事件処理、顧問業務など、弁護士が提供する役務の対価であり、原則として消費税の課税対象となります。したがって、適格請求書(インボイス)の発行が必要です。
一方、実費の取り扱いは内容によって異なります。主に以下の2つのケースが考えられます。
実費の種類 |
概要 |
インボイス制度上の取り扱い |
立替金 |
依頼者の代わりに一時的に支払う費用(例:裁判所に納める印紙代、予納郵券代、戸籍謄本や登記事項証明書の取得費用、遠方への出張時の交通費実費など)。 |
依頼者に請求書等の宛名がなっており、その費用を単に預かって支払った場合など、純粋な立替金と認められるものは消費税の課税対象外です。この場合、インボイスの発行は不要ですが、立替金精算書などで報酬とは明確に区分し、その旨を記載する必要があります。ただし、事務所が費用を負担し、後日依頼者に請求する交通費や宿泊費などは、課税仕入れとして扱い、報酬に含めて請求する場合は課税対象となり、インボイスの発行が必要です。 |
業務上の経費 |
事件処理や事務所運営に伴い発生する経費の一部を依頼者に請求する場合(例:事務所内でのコピー代、通信費、事件記録のファイリング費用など)。 |
これらは実費弁償的な性格であっても、法律事務所の役務提供の一環として提供されるものとみなされ、原則として消費税の課税対象となります。したがって、これらの費用についてもインボイスの発行が必要です。 |
顧問契約における顧問料や、成功報酬なども課税対象となるため、インボイスの発行が必要となります。請求書作成時には、これらの項目を正確に区分し、消費税の取り扱いを明確にすることが求められます。
適格請求書発行事業者は、取引先(課税事業者)の求めに応じて、適格請求書(インボイス)を交付する義務があります。法律事務所が発行するインボイスには、以下の事項を記載する必要があります。
法律事務所の請求書においては、特に以下の点に注意が必要です。
請求書の具体的な書式に法的な定めはありませんが、上記の記載事項を網羅している必要があります。既存の請求書フォーマットを見直し、必要に応じて改修しましょう。会計ソフトや請求書発行システムを利用している場合は、インボイス制度に対応した形式で出力できるか確認が必要です。
法律事務所も、他の事業者から商品を購入したり、サービスの提供を受けたりする際には、インボイスを受け取ることになります。仕入税額控除の適用を受けるためには、受け取ったインボイスを適切に確認し、保存する必要があります。
受け取ったインボイスの確認ポイントは以下の通りです。
もし受け取った請求書に不備がある場合は、発行元に修正や再発行を依頼する必要があります。不備のあるインボイスでは仕入税額控除が認められない可能性があるため、注意が必要です。
インボイスの保存については、原則としてその課税期間の末日の翌日から2ヶ月を経過した日から7年間、納税地またはその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存する必要があります。紙で受領したインボイスはもちろん、電子データで受領した電子インボイス(例:PDFファイルなど)も、電子帳簿保存法の要件に従って保存する必要があります。帳簿との関連性を明確にして整理・保管することが重要です。
インボイス制度への対応を機に、電子インボイスの導入を検討する法律事務所も増えています。電子インボイスとは、請求書を電子データでやり取りする仕組みのことで、標準化された規格(例:Peppol)も普及しつつあります。
法律事務所が電子インボイスを導入する主なメリットは以下の通りです。
電子インボイス導入にあたっては、自事務所の規模や業務フローに合ったシステムの選定、導入コスト、既存の会計ソフトや事件管理システムとの連携、そしてセキュリティ対策などを総合的に検討する必要があります。顧問先の企業が電子インボイスに対応しているかどうかも、導入を検討する上での一つの要素となるでしょう。
インボイス制度の導入は、法律事務所の経理実務や税務処理に新たな対応を求めるものです。特に、報酬の性質や取引先の多様性を考慮すると、見落としがちな注意点がいくつか存在します。ここでは、法律事務所がインボイス制度に関して特に押さえておくべき重要なポイントを解説します。
弁護士報酬の支払いにおいては、源泉徴収と消費税の取り扱いがインボイス制度下でより複雑になる可能性があります。特に、報酬と消費税額を明確に区分した適格請求書(インボイス)の受領と保存が重要です。
源泉所得税を計算する際の基となる報酬額について、消費税の扱いには注意が必要です。原則として、消費税込みの金額が源泉徴収の対象となりますが、請求書等で報酬本体の価額と消費税等の額が明確に区分されている場合には、消費税等の額を含まない報酬本体の価額を源泉徴収の対象とすることができます。この点を契約時や請求書受領時に確認することが肝要です。
また、免税事業者である個人弁護士や外部協力者へ報酬を支払う場合、インボイス制度開始後の経過措置期間においては、一定割合の仕入税額控除が認められますが、その適用条件や会計処理についても正確な理解が求められます。
ケース |
源泉徴収の計算対象となる金額 |
備考 |
原則(報酬と消費税が区分されていない場合) |
消費税込みの報酬総額 |
- |
請求書等で報酬本体と消費税額が明確に区分されている場合 |
消費税抜きの報酬本体価格 |
適格請求書等で区分記載されていることが前提 |
法律事務所の業務には、法テラス(日本司法支援センター)が関与する案件や国選弁護事件など、特殊な取引形態が存在します。これらの取引におけるインボイス制度への対応も確認が必要です。
法テラスからの立替金や報酬の支払いに関しては、法テラスが発行する支払通知書等がインボイスの要件を満たしているかを確認する必要があります。法テラスは適格請求書発行事業者として登録されていますが、発行される書類の種類や記載内容には注意しましょう。
国選弁護事件における報酬についても、国(裁判所)や法テラスから支払われる際、インボイスとしての要件を満たした書類が交付されるか、あるいは別途対応が必要になるのか、事前に確認しておくことが望ましいです。これらの特殊取引においては、通常の企業間取引とは異なる処理が求められる場合があるため、関係機関からの情報を注視し、適切に対応することが重要です。
特殊取引の例 |
インボイス関連の確認ポイント |
主な対応 |
法テラスからの民事法律扶助業務の報酬・実費 |
法テラスが発行する支払通知書等の記載内容(登録番号、適用税率、消費税額等) |
受領した書類がインボイスの要件を満たしているか確認し保存する。 |
国選弁護報酬・実費 |
裁判所や法テラスからの支払通知書等の記載内容 |
インボイスに該当するか、または別途対応が必要か確認する。 |
インボイス制度には、免税事業者からの仕入れについても一定期間、仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。法律事務所においても、免税事業者である弁護士や個人事業主(例えば、翻訳家、調査会社など)との取引がある場合、この経過措置を理解し、適切に対応する必要があります。
経過措置の期間と控除割合は以下の通りです。
期間 |
免税事業者からの課税仕入れに係る控除割合 |
2023年10月1日から2026年9月30日まで |
仕入税額相当額の80% |
2026年10月1日から2029年9月30日まで |
仕入税額相当額の50% |
法律事務所としては、これらの経過措置を踏まえ、免税事業者との取引条件について再検討が必要になる場合があります。また、帳簿や請求書への記載要件(経過措置の適用を受ける旨など)も確認し、会計システムが対応しているか、手作業での管理が必要かなどを事前に検討しておくことが重要です。顧問税理士とも連携し、自事務所の状況に合わせた具体的な対応策を講じましょう。
法律事務所におけるインボイス制度(適格請求書等保存方式)の導入に関して、多く寄せられる疑問点とその回答をまとめました。具体的なケースに合わせてご参照ください。
アソシエイト弁護士の方が、所属する法律事務所とは別に、個人事業主として顧客から直接報酬を受け取る場合には、原則としてインボイス(適格請求書)発行事業者としての登録が必要になる可能性があります。これは、その報酬がアソシエイト弁護士自身の課税売上となるためです。
具体的には、以下のようなケースが考えられます。
ただし、法律事務所から支払われる給与や、業務委託契約に基づく報酬(事務所が顧客に請求し、その一部をアソシエイト弁護士に支払う形式)の場合は、事務所がインボイス対応を行うため、アソシエイト弁護士個人の登録は通常不要です。ご自身の契約形態や報酬の受け取り方をよく確認し、不明な点は税理士等の専門家にご相談ください。
はい、弁護士業は、消費税の簡易課税制度を選択した場合、一般的に「第五種事業(サービス業等)」に該当します。第五種事業のみなし仕入率は50%です。これにより、売上にかかる消費税額の50%を仕入れにかかる消費税額とみなして、納付する消費税額を計算します。
簡易課税制度における主な事業区分とみなし仕入率は以下の通りです。
事業区分 |
該当する事業(例) |
みなし仕入率 |
第一種事業 |
卸売業 |
90% |
第二種事業 |
小売業、農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業) |
80% |
第三種事業 |
農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業を除く)、建設業、製造業など |
70% |
第四種事業 |
飲食店業など(第一種、第二種、第三種事業以外のもの) |
60% |
第五種事業 |
サービス業(運輸通信業、金融・保険業、不動産業など)、弁護士業、税理士業など |
50% |
第六種事業 |
不動産業(不動産貸付業) |
40% |
ご自身の事業が複数の事業区分にまたがる場合は、それぞれの売上に応じて按分計算が必要になることがあります。正確な事業区分については、税理士にご確認いただくことをお勧めします。
弁護士会費については、所属する弁護士会が適格請求書発行事業者として登録している場合、発行される請求書や領収書がインボイスの要件を満たしていれば、仕入税額控除の対象となります。多くの弁護士会はインボイス制度に対応し、登録番号を通知したり、インボイスを発行したりしています。
弁護士会から送られてくる会費の請求書や通知に、登録番号や適用税率、消費税額等が記載されているかを確認しましょう。インボイスの要件を満たした書類を保存することで、支払った会費にかかる消費税額を仕入税額控除の対象とすることができます。
もし弁護士会が免税事業者である場合や、インボイスを発行しない場合は、原則としてその会費にかかる消費税額の仕入税額控除はできません。ただし、経過措置の適用も確認が必要です。経費処理においては、消費税の区分を正しく行い、適切な会計処理を心がけてください。
法律事務所が法人や個人事業主と顧問契約を締結し、毎月または定期的に顧問料を受け取る場合、その顧問料は消費税の課税対象となるため、原則としてインボイス(適格請求書)の発行が必要です。
対応方法としては、以下のものが考えられます。
顧問先との間で、インボイスの提供方法について事前に確認し、合意しておくことがスムーズな運用につながります。また、請求書作成システムや会計ソフトがインボイス制度に対応しているかを確認し、必要に応じてアップデートや見直しを行いましょう。
インボイス制度は、法律事務所の経理業務やクライアントとの取引に大きな影響を与えます。課税事業者である法律事務所は、原則として適格請求書発行事業者への登録を行い、制度に準拠した請求書の発行・保存が必要です。本記事の内容が、制度対応に悩む法律事務所の皆さまのお役に立てば幸いです。必要に応じて、顧問税理士や専門家とも連携しながら、無理のない対応を進めていきましょう。