更新日:2026.09.29

ー 目次 ー
インボイス制度が始まってから、農業従事者の間で「登録しないと出荷先を失うのではないか」という不安が広がりました。しかしJAに委託して出荷している農家であれば、農協特例という仕組みがあるため、この心配は基本的にあたりません。
農協特例が適用される取引では、生産者が免税事業者のままでも取引先は仕入税額控除ができます。
この記事では、農協特例の適用条件と、直売所や卸売市場など出荷ルートごとの違いを整理します。自分の出荷先がどれにあたるかを確認しながら読んでください。
先に答えをまとめます。
| 問い | 答え |
|---|---|
| 免税事業者の農家がJAに出荷した場合、買い手は仕入税額控除できるか | できる。農協特例により、農家のインボイス交付義務が免除される |
| 農家はインボイス登録が必要か | JAへの委託出荷が中心なら、必ずしも必要ではない |
| 買い手は何を保存すればよいか | JAが作成する精算書などの一定の書類 |
| 農協特例に期限はあるか | ない。恒久的な措置 |
| 直売所での販売にも使えるか | 使えない。別の特例を検討することになる |
農協特例は、インボイス制度によって使えなくなった制度ではありません。インボイス制度の下でも、免税事業者の農家が一定のJA委託販売を続けられる仕組みです。
農協特例とは、農業協同組合などに対して一定の方法で販売を委託した農林水産物について、生産者が適格請求書を交付する義務を免除する制度です。
通常、買い手が仕入税額控除を受けるには売り手から交付された適格請求書の保存が必要です。しかし農協を通じた委託販売では、生産者が誰であるかを特定せずに集荷・販売されるため、生産者が個別にインボイスを交付することが実務上できません。
そこで、こうした取引をインボイスの交付が困難な取引と位置づけ、生産者の交付義務を免除したうえで、買い手は農協等が作成する一定の書類を保存すれば仕入税額控除ができることとされています。
| 立場 | 扱い |
|---|---|
| 生産者(農家) | 適格請求書の交付義務が免除される。免税事業者でも適用可能 |
| 購入者(買い手) | 農協等が作成する一定の書類の保存で仕入税額控除ができる |
根拠は消費税法57条の4第1項および消費税法施行令70条の9第2項、買い手側の控除については消費税法30条9項です。
なお、対象となるのは農業協同組合だけではありません。漁業協同組合、森林組合、事業協同組合、協同組合連合会なども含まれます。ただし民間の集荷業者などはすべてが対象になるわけではないため、出荷先が特例の対象かどうかは確認が必要です。
農協に出荷していれば無条件で使えるわけではありません。次の2つを両方満たす必要があります。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| ①無条件委託方式 | 売値、出荷時期、出荷先などの条件を付けずに販売を委託すること |
| ②共同計算方式 | 一定期間における販売額を、農林水産物の種類・品質・等級その他の区分ごとに平均した価格をもとに精算すること |
出荷した農林水産物について、いくらで売ってほしい、いつ売ってほしい、どこに売ってほしいといった条件を付けずに販売を任せる形です。
逆にいえば、価格や販売先を指定して委託する場合は無条件委託方式にあたりません。また、JAが農家から買い取る買取方式も、そもそも委託販売ではないため対象外です。
個々の農家の出荷分をそれぞれ個別に精算するのではなく、一定期間の販売額を等級などの区分ごとに平均した価格で精算する方式です。
農協の共選共販がこれにあたります。この方式だからこそ、買い手から見て「誰が生産した分か」を特定できず、生産者ごとのインボイス交付が困難になります。
自分の出荷がこの2条件を満たしているかどうかは、出荷先のJAに確認するのが確実です。
農家の出荷先によって、適用される制度が変わります。
| 出荷ルート | 適用される制度 | インボイス登録なしでも買い手が仕入税額控除できるか |
|---|---|---|
| JAへの委託出荷(無条件委託方式かつ共同計算方式) | 農協特例 | できる |
| 卸売市場への出荷 | 卸売市場特例 | できる |
| JAファーマーズマーケットなどの直売所 | 媒介者交付特例を検討 | 原則できない。媒介者交付特例には委託者・受託者双方の登録が必要 |
| 飲食店や小売店への直接販売 | 原則どおり | 原則できない。ただし経過措置あり |
| ネット通販での消費者向け販売 | 原則どおり | 買い手が消費者なら仕入税額控除の論点なし |
自分の売上のうち、どのルートがどれくらいを占めるかを整理すると、登録の要否が判断しやすくなります。JAへの委託出荷が大半であれば、登録しなくても取引への影響は限定的です。
同じJAが関わる販売でも、直売所は農協特例の対象になりません。直売所での販売は、無条件委託方式でも共同計算方式でもないためです。生産者ごとに値付けし、生産者ごとに精算するのが直売所の仕組みだからです。
代わりに使えるのが媒介者交付特例です。これは、委託販売において受託者(直売所)が委託者(生産者)に代わって適格請求書を交付できる制度です。
ただし、ここに重要な制約があります。
| 制度 | 生産者が免税事業者でも使えるか |
|---|---|
| 農協特例 | 使える |
| 卸売市場特例 | 使える |
| 媒介者交付特例 | 使えない。委託者と受託者の双方が適格請求書発行事業者である必要がある |
媒介者交付特例は、あくまで「発行できる人の代わりに発行する」仕組みです。生産者自身が適格請求書発行事業者でなければ、直売所が代わりに適格請求書を交付することもできません。
そのため、直売所での売上が多く、かつ買い手に事業者(飲食店など)が含まれる場合は、登録を検討する余地があります。一方、直売所の買い手が一般消費者であれば、消費者は仕入税額控除をしないため影響はありません。
卸売市場法に規定する卸売市場において、卸売業者が出荷者から委託を受けて行う生鮮食料品等の販売についても、出荷者のインボイス交付義務が免除されます。
買い手である仲卸業者や小売業者は、卸売市場が作成する仕切書などの一定の書類を保存することで仕入税額控除ができます。農協特例と同じく、出荷者が免税事業者でも適用できる仕組みです。
対象となる卸売市場は次の3つです。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| ① | 農林水産大臣の認定を受けた中央卸売市場 |
| ② | 都道府県知事の認定を受けた地方卸売市場 |
| ③ | 農林水産大臣の確認を受けた卸売市場(①②に準ずるもの) |
すべての市場が対象になるわけではないため、出荷先が該当するかは確認しておいてください。
直接販売など、どの特例も使えないルートで免税事業者の農家から仕入れる場合でも、控除が一切できなくなるわけではありません。一定割合を控除できる経過措置があります。
この経過措置は令和8年度税制改正で見直され、期間が2031年9月30日まで延長されるとともに、割合の引き下げがなだらかになりました。
| 期間 | 控除割合 |
|---|---|
| 2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% |
| 2031年10月1日〜 | 控除不可 |
改正前は2029年9月30日で終了し、2026年10月からは50%控除となる予定でした。古い解説を参照している場合は数字が変わっている点にご注意ください。
なお、経過措置には相手方ごとの上限があります。一の適格請求書発行事業者以外の者からの経過措置対象の課税仕入れが、その年または事業年度で税込10億円を超える場合、超えた部分は対象外です。さらに令和8年度税制改正により、2026年10月1日以後に開始する課税期間からは、この上限が1億円に引き下げられます。
適用を受けるには、帳簿にその旨を記載し、区分記載請求書等と同様の記載事項を満たした書類を保存する必要があります。
判断の軸は、売上のうち事業者向けの直接取引がどれくらいを占めるかです。
| 売上構成 | 登録の必要性 |
|---|---|
| JAへの委託出荷や卸売市場への出荷が中心 | 低い。特例で対応できる |
| 直売所での販売が多く、買い手に事業者が含まれる | 検討の余地あり |
| 飲食店や食品加工業者への直接販売が多い | 高い |
| 一般消費者への直接販売が中心 | 低い。消費者は仕入税額控除をしない |
登録すると課税事業者になるため、消費税の申告と納税の義務が生じます。帳簿や証憑の管理も必要になり、事務負担は増えます。
一方、登録しないままだと、事業者向けの直接取引では買い手が仕入税額控除を全額受けられず、価格交渉や取引の見直しを求められる可能性があります。ただし前述のとおり、2031年9月30日までは経過措置があるため、影響は段階的です。
簡易課税制度を選択する場合、農業のみなし仕入率は一律ではありません。飲食料品の譲渡に係る農業は第2種事業(80%)、それ以外の農業は第3種事業(70%)です。
| 売上の内容 | 事業区分 | みなし仕入率 |
|---|---|---|
| 食用の米、野菜、果物などの販売 | 第2種 | 80% |
| 飼料用米、栽培用の種子・苗木の販売 | 第3種 | 70% |
| 観賞用の花の販売 | 第3種 | 70% |
| 生きた家畜の販売 | 第3種 | 70% |
| 自家製の日本酒の販売 | 第3種 | 70% |
同じ農家でも売上の内容によって区分が分かれるため、収入の内訳ごとに適用する率を確認してください。
インボイス制度をきっかけに課税事業者になった事業者は、納付税額を売上税額の2割にできる2割特例を使える場合があります。この特例は令和8年9月30日を含む課税期間までで終了します。
その後については、令和8年度税制改正により、一定の個人事業者について令和9年分・令和10年分の納付税額を売上税額の3割とする3割特例が設けられています。
| 対象 | 令和8年(2026年)まで | 令和9年・10年(2027年・2028年) |
|---|---|---|
| 個人事業者 | 2割特例 | 一定の要件を満たせば3割特例 |
| 法人 | 2割特例 | 3割特例の対象外。簡易課税または本則課税を検討 |
個人事業者の農家は、2割特例終了後に3割特例の適用要件を確認しましょう。適用に事前の届出は必要ありません。
農事組合法人などの法人形態で経営している場合は3割特例の対象外なので、簡易課税制度の選択を含めて早めに検討してください。簡易課税を選ぶ場合は、原則として「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出が必要です。
食品メーカーや卸売業者、小売業者など、農家から仕入れる側の対応です。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 仕入ルートの整理 | JA経由か、卸売市場経由か、農家からの直接仕入れかを分ける |
| 保存する書類の確認 | JA経由なら農協等が作成する一定の書類、卸売市場経由なら仕切書等。直接仕入れなら適格請求書等 |
| 直接仕入れ先の登録状況 | 登録番号の有無を確認し、必要に応じて取引先マスタ等で管理する |
| 経過措置の税区分設定 | 未登録の農家からの仕入れは、控除割合ごとの税区分で処理する |
| 2026年10月の切り替え | 80%控除から70%控除への変更を会計システムに反映する |
JA経由で農協特例が適用される仕入れについては、個々の生産者のインボイス登録状況を確認する必要はありません。農協等が作成する一定の書類の保存が仕入税額控除の要件になります。
農業では、売上と仕入れで税率が分かれます。請求書や帳簿を作成する際は、この区分を正しく処理してください。
| 税率 | 該当するもの |
|---|---|
| 8%(軽減税率) | 食用の米、野菜、果物、きのこ類など、人の飲用または食用に供される農産物 |
| 10%(標準税率) | 飼料用米、栽培用の種子・苗木、観賞用の花、生きた家畜、日本酒などの酒類、種苗・肥料・農薬・農機具の仕入れ |
軽減税率が適用されるかどうかは、売り手が販売する時点で飲食料品として販売しているかで判定します。買い手が飲食料品として購入したかどうかは関係ありません。
同じ米でも、食用として売れば8%、飼料用として売れば10%です。観光果樹園でもぎ取ったその場で食べてもらう入園料は外食等として10%、持ち帰り用として個別販売する果物は8%となります。
ありません。恒久的な措置です。2026年9月30日で区切りが来るのは2割特例と、免税事業者等からの仕入れに係る経過措置の80%控除の段階であり、農協特例には影響しません。
個別の届出や申請を行う制度ではありません。無条件委託方式かつ共同計算方式など、農協特例の要件を満たす委託販売であれば、生産者の適格請求書の交付義務が免除されます。
使えません。買取方式は委託販売ではないため、農協特例の対象外です。出荷先との取引が買取方式なのか委託販売なのかは、JAに確認してください。
両者は別の制度です。農協特例は、一定の委託販売について生産者のインボイス交付義務を免除し、買い手側の仕入税額控除を可能にする仕組みです。一方、簡易課税は課税事業者自身の消費税の納付税額を計算する方法です。
売上の構成で判断してください。直売所の買い手が一般消費者中心であれば、インボイス登録の影響は比較的小さくなります。直売所で飲食店など事業者への販売が多い場合は、登録によるメリットと納税・事務負担を比較して検討しましょう。
課税売上に該当するかどうかで異なります。損害の補填として支給される共済金などは課税対象外となる場合があり、その場合はインボイスの交付対象となりません。個別の給付・補助制度については、支給要件や税務上の取扱いを確認してください。
農協特例は、無条件委託方式かつ共同計算方式でJA等に販売を委託した農林水産物について、生産者のインボイス交付義務を免除する制度です。買い手は農協等が作成する一定の書類を保存すれば仕入税額控除ができ、生産者が免税事業者かどうかは関係ありません。期限もありません。
つまり、JAへの委託出荷が中心の農家であれば、インボイス登録をしなくても取引への影響は限定的です。「登録しないと出荷先を失う」という不安は、このルートについてはそのまま当てはまるわけではありません。
一方、直売所での販売には農協特例が使えません。媒介者交付特例は委託者と受託者の双方が適格請求書発行事業者である必要があるため、免税事業者の農家には使えない点に注意してください。
課税事業者になる場合は、簡易課税のみなし仕入率が飲食料品の譲渡かどうかで80%と70%に分かれること、2割特例終了後は一定の個人事業者について3割特例が設けられていることも押さえておきましょう。