更新日:2025.06.26
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新しく始まったインボイス制度で「イラストレーターの私にも関係あるの?」と感じている方も多いかもしれません。本記事では、特に注意したい3つのポイントに絞って、制度の基礎から実務への影響、今後の対応方法までを解説します。制度の基本から具体的な影響、確定申告の注意点など、知らないままで損をしないよう、今のうちにしっかり確認しておきましょう。
2023年10月1日から始まったインボイス制度は、フリーランスのイラストレーターにとっても大きな影響がある制度です。まずは、インボイス制度の基本的な内容と、イラストレーターの業務にどのような変化があるのかを正しく理解しましょう。
インボイス制度とは、正式名称を「適格請求書等保存方式」といい、消費税の仕入税額控除に関する新しい制度です。この制度の主な目的は、複数税率(8%と10%)に対応した消費税の仕入税額控除の仕組みを適正化することにあります。
イラストレーターがクライアント(発注者)に対して発行する請求書(インボイス)に、税務署から発行される「適格請求書発行事業者の登録番号」や、税率ごとの消費税額などを記載することが求められます。これにより、クライアント側は仕入税額控除を受けるために、イラストレーターから適格請求書(インボイス)を受け取り、保存する必要が出てきます。
特に、これまで消費税の納税が免除されていた免税事業者のイラストレーターにとっては、インボイス制度への対応を検討する必要があり、今後の働き方にも関わる重要なポイントとなります。
インボイス制度の導入によって、イラストレーターの業務や税務処理において変更点が生じます。一方で、変わらない部分もあります。主な変更点と変わらない点を整理して確認しましょう。
項目 |
インボイス制度導入による変化 |
請求書の記載事項 |
適格請求書発行事業者の登録番号、適用税率、税率ごとの消費税額などの記載が追加で必要になります。 |
クライアントの仕入税額控除 |
クライアントが仕入税額控除を受けるためには、原則として適格請求書(インボイス)の保存が必要になります。 |
免税事業者の立場 |
取引先から適格請求書の発行を求められた場合、課税事業者となってインボイス登録をするかどうかの選択が必要になることがあります。 |
消費税の納税義務 |
免税事業者がインボイス登録をして課税事業者になると、消費税の申告・納税義務が発生します。 |
消費税率 |
インボイス制度導入によって、消費税率(標準税率10%、軽減税率8%)自体が変更されることはありません。 |
イラスト制作業務 |
イラストレーターとしての創作活動や業務内容そのものが、インボイス制度によって直接的に変わるわけではありません。 |
免税事業者の制度 |
課税売上高が1,000万円以下の事業者が消費税の納税を免除される「免税事業者」の制度自体は存続します。ただし、インボイスを発行できないため、取引に影響が出る可能性があります。 |
このように、インボイス制度は特に請求書の発行ルールや、免税事業者であったイラストレーターの消費税に関する取り扱いに大きな影響を与えます。次の章からは、これらの変化が具体的にどのようなリスクや対応につながるのかを詳しく見ていきましょう。
インボイス制度の開始により、イラストレーターが取引先から適格請求書発行事業者への登録を求められるケースが考えられます。これは、取引先の税負担に影響が出る可能性があるためです。ここでは、その理由と登録しない場合に起こりうるリスクについて解説します。
取引先の多くは課税事業者であり、消費税の納税額を計算する際に「仕入税額控除」という仕組みを利用しています。これは、売上にかかる消費税額から、仕入れや経費にかかった消費税額を差し引いて納税額を計算するものです。
インボイス制度開始後は、原則として適格請求書(インボイス)がなければ、この仕入税額控除が受けられなくなります。つまり、あなたの取引先があなたに業務を発注し、その対価を支払ったとしても、あなたがインボイスを発行できなければ、取引先はその支払いに含まれる消費税相当額を控除できず、結果として取引先の納税負担が増えてしまう可能性があるのです。
そのため、取引先としては、仕入税額控除を適切に受けるために、取引相手であるイラストレーターにもインボイス登録をしてもらい、適格請求書を発行してほしいと考えるのが自然な流れとなります。
もしあなたがインボイス登録をせず、免税事業者のままでいることを選択した場合、取引先との関係において以下のような影響が出る可能性があります。
リスクの種類 |
具体的な内容 |
報酬の減額交渉 |
取引先が仕入税額控除できない消費税相当分について、報酬額からの減額を交渉してくる可能性があります。ただし、一方的な減額要求は下請法などに抵触する可能性もあるため、慎重な対応が求められます。 |
契約の打ち切り・新規契約の困難 |
取引先が、インボイスを発行できる他のイラストレーターとの取引を優先し、あなたとの契約を見直したり、新規の案件発注を控えたりする可能性があります。特に新規の取引先を開拓する際には、インボイス登録の有無が選定基準の一つとなることも考えられます。 |
競争力の低下 |
同業のイラストレーターがインボイス登録を進める中で、登録していないことが相対的に不利に働き、競争力が低下する恐れがあります。 |
これらのリスクは、特に企業との取引が多いイラストレーターにとって無視できない問題です。自身の事業規模や取引先の状況を考慮し、インボイス登録について慎重に検討する必要があります。
インボイス制度への対応を検討する上で、イラストレーターにとって最も大きな変化の一つが、消費税の納税義務が発生する可能性です。インボイスに登録をすると、これまで消費税を納めなくてよかった免税事業者でも、課税事業者として消費税の申告や納税が必要になります。ここでは、なぜ納税が必要になるのか、その影響や確定申告がどう変わるのかを、わかりやすく説明していきます。
インボイス制度の開始に伴い、適格請求書(インボイス)を発行するためには「適格請求書発行事業者」としての登録が必要です。この登録を行うと、これまで消費税の納税が免除されていた年間課税売上高1,000万円以下の免税事業者も、売上規模にかかわらず消費税の納税義務が発生する「課税事業者」となります。
具体的には、インボイス発行事業者として登録申請を行い、登録が完了した日から課税事業者となり、その課税期間から消費税の申告・納税が必要になります。これは、フリーランスのイラストレーターや副業でイラスト制作を行っている方であっても同様です。
課税事業者になると、クライアントから受け取った報酬に含まれる消費税を国に納める必要が出てきます。これにより、実質的な手取り収入が減少する可能性があります。例えば、110,000円(うち消費税10,000円)のイラスト制作料を受け取った場合、免税事業者であれば110,000円全額が収入でしたが、課税事業者になると消費税分10,000円を納税するため、手取りは100,000円となります(経費にかかる消費税を考慮しない場合)。
ただし、事業活動のために支払った経費に含まれる消費税額を、納めるべき消費税額から差し引くことができる「仕入税額控除」の仕組みがあります。イラストレーターの場合、画材の購入費、デザインソフトの利用料、資料代、仕事場の家賃や光熱費の一部などが該当する可能性があります。これらの経費にかかる消費税を正確に把握し計上することで、納税額を抑えることができます。
消費税の納税額の計算方法には、原則的な「本則課税(一般課税)」と、中小事業者の事務負担を軽減するための特例である「簡易課税制度」があります。どちらを選択するかによって納税額が変わるため、ご自身の事業規模や経費の状況に合わせて有利な方を選択することが重要です。
課税方式 |
概要 |
イラストレーターの注意点 |
本則課税(一般課税) |
売上にかかる消費税額から、仕入れや経費にかかった消費税額を直接差し引いて納税額を計算する方法です。 |
経費にかかる消費税額を正確に把握・集計する必要があります。帳簿付けや領収書・請求書の保存が煩雑になる場合がありますが、経費が多い場合は納税額を抑えられる可能性があります。 |
簡易課税制度 |
売上にかかる消費税額に、業種ごとに定められた「みなし仕入率」を掛けて仕入税額控除額を算出し、納税額を計算する方法です。事前に税務署への届出が必要です。 |
イラスト制作などのデザイン業は、一般的に第五種事業に該当し、みなし仕入率は50%です。実際の経費が少ない場合に有利になることがあります。適用を受けるためには、基準期間(前々年または前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下であることなどの条件があります。 |
どちらの方式を選択するかは、一度選択すると原則として2年間継続する必要があるなど、注意点もありますので、慎重に検討しましょう。
課税事業者になると、従来の所得税の確定申告に加えて、消費税の確定申告も行う必要が生じます。消費税の申告・納税は、原則として個人事業主の場合、課税期間(通常1月1日から12月31日)の翌年3月31日までに行います。
確定申告の際には、日々の取引について消費税額を区分して記帳し(区分経理)、仕入税額控除の対象となる取引を正確に把握しておく必要があります。会計ソフトを利用すると、消費税の計算や申告書の作成が比較的スムーズに行えるでしょう。国税庁の「確定申告書等作成コーナー」も利用できます。
課税事業者になった場合の確定申告における主な注意点は以下の通りです。
インボイス制度開始に伴い、2割特例(インボイス発行事業者に転換した小規模事業者に対する税額控除に関する経過措置)など、負担軽減措置も設けられています。これらの制度も活用しつつ、正確な申告を心がけましょう。初めて消費税の申告を行う場合や、計算方法が複雑で不安な場合は、税理士などの専門家に相談することも有効な手段です。
インボイス制度の開始に伴い、イラストレーターが発行する請求書の記載ルールも大きく変わります。適格請求書発行事業者として登録した場合、買手側(クライアント)が仕入税額控除を受けるためには、定められた項目を正確に記載した「適格請求書(インボイス)」を交付する必要があります。ここでは、具体的な変更点と注意すべきポイントを解説します。
従来の請求書(区分記載請求書など)と比較して、適格請求書(インボイス)では以下の項目の記載が新たに追加、または明確化されました。クライアントに迷惑をかけないためにも、しっかりと確認しておきましょう。
項目 |
記載内容 |
備考 |
適格請求書発行事業者の登録番号 |
「T」+13桁の法人番号または13桁の数字 |
事前に税務署への登録申請が必要です。 |
適用税率 |
標準税率(10%)または軽減税率(8%)の別 |
イラスト制作の報酬は通常、標準税率10%が適用されます。 |
税率ごとに区分した消費税額等 |
税率ごとに区分して計算した消費税額または適用税率 |
例えば、10%対象の合計金額とそれに対する消費税額を明記します。 |
上記以外にも、従来の請求書と同様に以下の項目も記載が必要です。
適格請求書(インボイス)の記載内容に誤りがあると、クライアントが仕入税額控除を受けられない可能性があります。トラブルを避けるためにも、以下の点に注意して請求書を作成・発行しましょう。
請求書の記載ルールは複雑に感じるかもしれませんが、一度理解してしまえば対応可能です。不明な点は税理士や税務署に相談することも検討しましょう。
インボイス制度に関して、イラストレーターの皆様から寄せられることの多い質問とその回答をまとめました。
インボイス発行事業者として登録したら、できるだけ早く取引先にその旨を伝えるのが安心です。遅くとも、最初に適格請求書(インボイス)を発行するタイミングまでには伝えましょう。
伝え方としては、メールや書面などで「登録番号」「登録年月日」「インボイス発行事業者であること」を記載して案内する方法が一般的です。請求書に登録番号を記載すれば、それだけで通知の役割を果たせますが、初回は一言添えておくと丁寧です。
例:「このたび適格請求書発行事業者として登録しましたので、登録番号をお知らせいたします。」
相手先がスムーズに経理処理できるよう、早めの対応を心がけましょう。
必ずしも契約や報酬の見直しが必須というわけではありませんが、状況に応じて検討が必要です。
契約について:
インボイスの発行方法やタイミング、消費税の扱いについて、取引先と意見のズレがないように、今の契約内容を見直しておきましょう。必要に応じて、簡単な覚書を交わすのもおすすめです。特に、これまで消費税について明確な取り決めがなかった場合は、この機会に話し合うことが推奨されます。
報酬について:
免税事業者から課税事業者になると、消費税を納める必要が出てきます。そのため、消費税分を報酬に上乗せできるかどうか、あるいは全体の金額を調整するかは、取引先との交渉次第となります。一方、免税事業者のままでいた場合は、「インボイスがないと仕入税額控除ができない」として、消費税分の値引きを求められる可能性も考慮しておく必要があります。
取引先への交渉:
インボイス対応に伴う値上げ交渉は、デリケートな問題です。インボイス対応によって具体的にどのようなコスト増が見込まれるのか算出し、値上げの正当な根拠を整理します。取引先に説明する際には、客観的なデータや具体的な影響を示すことが説得力を高めます。
ただ、値上げの理由や背景を一方的に伝えるのではなく、取引先の状況や懸念にも耳を傾け、理解を求める姿勢が重要です。状況によっては、提示した値上げ幅での合意が難しい場合もあります。値上げありきではなく、長期的な信頼関係を維持することを最優先に、業務範囲の一部見直しや、段階的な値上げなど、双方にとって受け入れ可能な代替案を提示することも検討しましょう。柔軟な姿勢で慎重に進めましょう。
インボイス登録(適格請求書発行事業者の登録)は任意です。副業であるかどうかに関わらず、登録するか否かはご自身の事業状況や取引先の意向を踏まえて判断することになります。
判断のポイントは以下の通りです。
ご自身の売上規模だけでなく、主要な取引先の状況や今後の事業展開を考慮して、登録の要否を慎重に検討しましょう。
インボイス制度は、イラストレーターとして活動するうえで無視できない変化をもたらします。登録しなければ取引先からの対応が厳しくなるリスクが生じます。登録すれば消費税の納税義務が発生し、手取り収入や確定申告の方法も変わるため、事前の理解と準備が不可欠です。ご自身の取引先や事業の方向性にあわせて、焦らず冷静に判断することが大切です。本記事が、そのヒントになれば幸いです。