更新日:2025.12.18

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インボイス制度の開始を控え、「フリーランスエンジニアとして登録しないとどうなる?」「取引先から契約を切られたり、収入が減ったりするのでは?」といった不安や疑問を抱えていませんか?本記事では、インボイス制度の基本から、フリーランスエンジニアが登録しない場合に起こりうるリスク、登録するメリット・デメリットまでを解説します。この記事を最後まで読めば、あなたが「登録すべきか」「登録しないべきか」を判断するための具体的な基準が明確になり、今後の契約や交渉で有利に進めるための具体的な対策を理解できるようになります。
2023年10月1日から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)は、フリーランスエンジニアの働き方や収入に直接的な影響を与える重要な税制改正です。
クライアントとの取引を円滑に進めるためにも、まずは制度の基本的な仕組みと、なぜエンジニアに関係するのかを正しく理解しておきましょう。
インボイス制度とは、消費税の「仕入税額控除」を適用するための新しいルールです。
仕入税額控除とは、事業者が商品やサービスを販売した際に受け取った消費税から、仕入れや経費で支払った消費税を差し引いて納税額を計算できる仕組みを指します。
この仕入税額控除を受けるためには、取引相手から「インボイス(適格請求書)」を発行してもらい、それを保存する必要があります。インボイスには、従来の請求書にはなかった「登録番号」や、適用税率、税率ごとの消費税額などが明記されている必要があります。
フリーランスエンジニアは、クライアント企業に対して自身のスキルや労働力を提供する「売り手」の立場です。一方、クライアント企業は、エンジニアからサービスを購入する「買い手」となります。
クライアント企業(買い手)は、エンジニアに支払う報酬に含まれる消費税について、仕入税額控除を適用して自社の納税額を抑えたいと考えています。しかし、インボイス制度開始後は、エンジニアからインボイスを発行してもらえなければ、原則としてこの仕入税額控除が適用できなくなります。
その結果、クライアント企業は消費税分の負担が増えてしまうため、インボイスを発行できるエンジニアを優先する可能性が出てくるのです。
インボイス制度を理解する上で欠かせないのが、「課税事業者」と「免税事業者」という2つの区分です。インボイスを発行できるのは、税務署に申請し「適格請求書発行事業者」として登録した課税事業者のみです。それぞれの違いを以下の表で確認しましょう。
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項目 |
課税事業者 |
免税事業者 |
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主な対象者 |
基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円を超える事業者 |
基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円以下の事業者 |
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消費税の納税義務 |
あり |
なし(免除) |
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インボイスの発行 |
可能(要登録) |
不可 |
これまで多くのフリーランスエンジニアは、年間の課税売上高が1,000万円以下である「免税事業者」として、消費税の納税が免除されていました。しかし、免税事業者のままではインボイスを発行できません。
取引先のためにインボイスを発行するには、自ら「課税事業者」になる選択をする必要があります。
フリーランスエンジニアとして活動する上で、インボイス登録(適格請求書発行事業者の登録)をしない選択をした場合、具体的にどのような影響が考えられるのでしょうか。
ここでは、登録しないことで起こりうる3つの主なデメリットを詳しく解説します。
インボイス登録をしない場合、最も懸念されるのが既存の取引先との契約関係です。
あなたの取引先が課税事業者(多くの法人が該当します)である場合、インボイス(適格請求書)がなければ、あなたに支払った報酬にかかる消費税分を「仕入税額控除」として自身の納税額から差し引くことができません。
つまり、取引先は実質的に消費税分を余計に負担することになります。そのため、企業によってはコスト削減の観点から、インボイス登録をしている他のフリーランスエンジニアへの乗り換えを検討する可能性があります。特に、契約更新のタイミングや、取引先の経理方針が厳格な場合に、契約の継続が難しくなるリスクが高まります。
契約打ち切りまでには至らないケースでも、取引先から消費税相当額の値下げを交渉される可能性があります。これは、取引先が仕入税額控除できない分を、エンジニアへの支払額から減らすことで補填しようとする動きです。
例えば、月額報酬50万円(税抜)の案件であれば、取引先は消費税5万円分を控除できなくなります。この負担を理由に「インボイス登録をしないのであれば、報酬額を消費税分見直してほしい」といった交渉を受けることが考えられます。
もちろん、一方的な減額通告は下請法などに抵触する可能性もありますが、取引上の力関係によっては、交渉に応じざるを得ない状況も想定されます。
インボイス制度の影響は、新規案件の獲得にも及びます。企業がフリーランスエンジニアを探す際、募集要件に「適格請求書発行事業者であること」を明記するケースが増えています。インボイス未登録の場合、こうした案件には応募することすらできません。
また、フリーランスエージェントに登録している場合でも、エージェント側が企業にエンジニアを紹介する際に、インボイス登録の有無を重要な情報として扱います。
結果として、登録済みのエンジニアが優先的に紹介され、未登録のエンジニアは案件獲得の機会が狭まってしまう可能性があります。特にBtoBの長期的な案件を探す上では、大きなハンディキャップとなることが考えられます。
インボイス制度への登録は、フリーランスエンジニアにとって大きな決断です。登録にはメリットがある一方で、無視できないデメリットも存在します。
ここでは、それぞれの側面を具体的に解説し、あなたが最適な選択をするための判断材料を提供します。
インボイス登録を行うことで、フリーランスエンジニアは主に「取引の安定性」と「社会的信用」の面でメリットを享受できます。
インボイス登録の最大のメリットは、課税事業者であるクライアントとの取引を円滑に進められる点です。クライアント(発注側)は、インボイス(適格請求書)を受け取ることで、支払った消費税分を自社の納税額から差し引く「仕入税額控除」という仕組みを利用できます。
もしあなたが免税事業者のままだと、クライアントはこの控除が受けられず、その分多くの消費税を納めることになります。そのため、企業によってはインボイスを発行できるエンジニアを優先的に選ぶ傾向があり、登録していることで既存の契約を維持しやすくなるだけでなく、新規案件の獲得においても有利に働く可能性が高まります。
適格請求書発行事業者として国税庁のサイトで登録番号が公表されることは、社会的な信用の向上につながります。登録事業者は、消費税を適切に管理し納税する義務を負っていることの証明になります。
これにより、取引先に対してコンプライアンス意識の高い事業者であるという印象を与え、安心して取引できるパートナーとして認識されやすくなるでしょう。
一方で、特にこれまで売上1,000万円以下で消費税の納税が免除されていた免税事業者にとっては、金銭面と事務面で大きなデメリットが生じます。
インボイス登録を行うと、課税事業者となり消費税を国に納める義務が生じます。これまで報酬と一緒に受け取っていた消費税分が、そのまま手取りにならなくなるため、実質的な収入減につながります。これが最も大きなデメリットと言えるでしょう。
例えば、年間売上(税抜)が600万円の場合、消費税として60万円を受け取りますが、この消費税分を納税する必要があります。ただし、経費にかかった消費税を差し引いたり、「簡易課税制度」や「2割特例」といった負担軽減措置を利用したりすることで、納税額を抑えることも可能です。
インボイス登録をすると、日々の経理業務や確定申告の作業が複雑になります。具体的には、以下のような事務負担が増加します。
これらの作業に対応するため、会計ソフトの見直しや、場合によっては税理士への依頼を検討する必要も出てくるでしょう。
インボイス制度への登録は任意であり、全てのフリーランスエンジニアが登録すべきというわけではありません。ご自身の売上規模や主な取引先の状況によって、最適な選択は異なります。
ここでは、あなたがインボイス登録をすべきかどうかを判断するための3つの基準を具体的に解説します。
基準期間(原則として前々年)の課税売上高が1,000万円を超えているフリーランスエンジニアは、インボイス制度の有無にかかわらず消費税の課税事業者となります。そのため、消費税の申告・納税義務があります。
この場合、適格請求書発行事業者(インボイス登録事業者)にならないと、取引先は仕入税額控除を受けられません。課税事業者でありながらインボイスを発行できないと、取引上で不利になる可能性が非常に高いため、速やかにインボイス登録を行うのが賢明な判断です。
現在の売上が1,000万円以下であっても、主な取引先が法人などの課税事業者である場合は、インボイス登録を前向きに検討することをおすすめします。
なぜなら、課税事業者である取引先は、あなたに支払った報酬にかかる消費税を「仕入税額控除」として納税額から差し引くことで節税しています。しかし、あなたが免税事業者のままだとインボイスを発行できないため、取引先はこの控除を受けられなくなり、その分税負担が増えてしまいます。
結果として、取引先から消費税分の値下げを要求されたり、インボイスを発行できる他のエンジニアに契約を切り替えられたりするリスクが生じます。安定した取引を継続するためには、インボイス登録が有利に働くでしょう。
主な取引先が、同じく免税事業者である個人事業主や、一般消費者(BtoC)である場合は、インボイス登録をしないという選択肢も有力です。
これらの取引先は、消費税の申告を行わないため、仕入税額控除の必要がありません。したがって、あなたからインボイスを受け取る必要性が低く、登録しないことによる事業への影響は限定的と考えられます。
あえて課税事業者となって消費税の納税義務や事務負担を負うよりも、免税事業者のままでいるメリットのほうが大きい可能性があります。ただし、将来的に課税事業者との取引を拡大したいと考えている場合は、今後の事業計画を踏まえて慎重に判断しましょう。
インボイス制度に登録しない「免税事業者」のままでいることを選択した場合でも、取引への影響を最小限に抑えるための対策は存在します。
ここでは、フリーランスエンジニアが今から準備できる具体的な3つの対策について解説します。
インボイス登録をしない場合、最も重要なのが既存の取引先とのコミュニケーションです。
課税事業者である取引先は、あなたへの支払いにかかる消費税分を仕入税額控除できなくなるため、負担が増えることになります。そのため、何も伝えずにいると、契約更新のタイミングで取引の打ち切りや消費税相当額の値下げを要求される可能性があります。
このような事態を避けるため、まずはインボイス登録をしない意向を早めに伝え、今後の取引について相談・交渉する場を設けましょう。交渉の際は、ただ「登録しません」と伝えるだけでなく、自身のスキルやこれまでの貢献度を具体的に示し、取引を継続するメリットを改めてアピールすることが大切です。
取引先にとってあなたが「替えのきかないエンジニア」であれば、免税事業者のままでも取引を継続できる可能性は高まります。場合によっては、双方の妥協点として報酬額を調整することも選択肢の一つとなるでしょう。
インボイス制度は、課税事業者が仕入税額控除を受けるための仕組みです。したがって、取引相手が同じ免税事業者や、そもそも消費税の納税義務がない一般消費者(BtoC)であれば、インボイスの発行を求められることはありません。
今後の事業戦略として、こうしたインボイスを必要としないクライアントとの取引比率を高めていくのも有効な対策です。具体的には、以下のような取引先が考えられます。
新たな取引先を開拓するために、ポートフォリオを充実させたり、SNSや技術ブログでの発信を強化したりするなど、自身の営業活動を見直してみましょう。
インボイス登録の有無にかかわらず、フリーランスエンジニアとして長期的に活躍するためには、自身の市場価値を高め続けることが不可欠です。特に、免税事業者のままでいることを選ぶなら、価格以外の付加価値で選ばれる存在になることが重要になります。
取引先が消費税分の負担増を懸念したとしても、「そのデメリットを上回る価値を提供してくれるエンジニアだ」と判断されれば、取引は継続されます。自身の専門性を高め、代替不可能なスキルを身につけることで、価格交渉において有利な立場を築くことができます。
具体的にどのようなスキルを磨くべきか、以下の表を参考に自身のキャリアプランを考えてみましょう。
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スキルの方向性 |
具体例 |
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技術的な専門性の深化 |
AI・機械学習、ブロックチェーン、クラウドインフラ(AWS, GCP, Azure)など、需要が高く専門家が少ない分野のスキルを習得する。 |
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上流工程への対応 |
要件定義、基本設計、プロジェクトマネジメントなど、開発の上流工程を担えるスキルを身につけ、プロジェクト全体に貢献する。 |
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特定ドメイン知識の習得 |
金融、医療、不動産など、特定の業界知識を深く理解し、その業界特有の課題を解決できるエンジニアを目指す。 |
自身のスキルセットを客観的に見直し、希少価値の高いエンジニアになることで、インボイス制度による影響を受けにくい強い事業基盤を構築していきましょう。
インボイス制度に関して、フリーランスエンジニアの方から特に多く寄せられる質問にお答えします。消費税の計算方法や、どの制度を選択すれば有利になるのかなど、具体的なポイントを解説します。
インボイス登録を行い課税事業者になった場合、消費税の計算方法には主に「原則課税(一般課税)」「簡易課税」「2割特例」の3つがあります。それぞれの計算方法を理解し、ご自身の事業内容に合ったものを選択する必要があります。
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計算方法 |
計算式 |
特徴 |
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原則課税(一般課税) |
納税額 = 売上にかかる消費税額 - 仕入にかかる消費税額 |
PC購入費やサーバー代など、経費(仕入)が多い場合に納税額を抑えられます。正確な経費管理が必要です。 |
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簡易課税制度 |
納税額 = 売上にかかる消費税額 × (1 - みなし仕入率) |
実際の経費額に関わらず、売上税額を基に計算します。エンジニアは通常「第五種事業」に該当し、みなし仕入率は50%です。 |
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2割特例 |
納税額 = 売上にかかる消費税額 × 20% |
インボイス登録を機に免税事業者から課税事業者になった場合に適用できる期間限定の特例です。納税額を売上税額の2割に軽減できます。 |
どの計算方法を選択するかで納税額が大きく変わる可能性があります。特に、これまで免税事業者だったエンジニアの方は、負担軽減措置である「2割特例」が利用できないか確認することをおすすめします。
簡易課税制度を選択した方が有利になるかどうかは、主に「原則課税」と比較して判断します。判断のポイントは、実際の経費率が「みなし仕入率」を上回るか下回るかです。
フリーランスエンジニアの事業は、みなし仕入率が50%の「第五種事業」に分類されます。したがって、判断基準は以下のようになります。
インボイス登録を機に課税事業者になった方は、2026年9月30日の属する課税期間まで「2割特例」を選択できます。この特例は、みなし仕入率80%で計算するのと同等の効果があり、簡易課税(みなし仕入率50%)よりも有利になります。
そのため、2割特例の対象となるエンジニアの方は、特例の適用期間中は2割特例を選択し、期間終了後に改めて簡易課税制度と原則課税のどちらが有利になるかを検討するのが最も賢明な選択と言えるでしょう。なお、簡易課税制度の適用には事前の届出が必要ですが、2割特例は確定申告書に付記するだけで適用できるため、手続きも簡単です。
インボイス制度への登録は、フリーランスエンジニアにとって一概に「すべき」「すべきでない」と断言できるものではありません。判断の結論は、ご自身の売上規模や主な取引先の状況によって大きく異なります。主な取引先が法人などの課税事業者である場合は、取引の継続や新規案件の獲得を有利に進めるためにインボイス登録を前向きに検討する必要があるでしょう。一方で、取引先が免税事業者や一般消費者が中心であれば、あえて登録せずに免税事業者のままでいるという選択も十分に考えられます。ご自身の事業戦略やキャリアプランと照らし合わせ、最適な選択を行いましょう。