更新日:2025.06.30
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「住宅の家賃はインボイス不要って聞いたけど、全部がそうなの?」そんな疑問を抱えていませんか?本記事では、不動産賃貸業とインボイス制度の関係をやさしく解説します。住宅家賃は消費税非課税のため原則インボイス不要ですが、事務所や店舗の賃貸など一部では対応が求められます。制度を正しく把握し、適切な準備を進めましょう。
2023年に開始されたインボイス制度は、不動産賃貸業を営むオーナー様や管理会社様にとっても重要な制度変更です。まずは、インボイス制度の基本的な内容と、影響を理解しておきましょう。
インボイス制度とは、正式名称を「適格請求書等保存方式」といいます。消費税の仕入税額控除の適用を受けるために、原則として「適格請求書(インボイス)」の保存が必要となる制度です。制度の概要を以下にまとめます。
項目 |
内容 |
制度の正式名称 |
適格請求書等保存方式 |
開始時期 |
2023年10月1日 |
主な目的 |
複数税率(標準税率10%・軽減税率8%)に対応した消費税の仕入税額控除の適正化 |
制度導入による主な変更点 |
|
このようにインボイスには、登録番号や適用税率、税率ごとの消費税額などの記載が必要です。
不動産賃貸業においては、提供するサービスや物件の種類によってインボイス制度の影響が異なります。具体的には、消費税が課税される取引なのか、非課税の取引なのかが大きなポイントとなります。
主な影響としては、以下の点が挙げられます。
このように、不動産賃貸業と一口に言っても、取引内容によってインボイス制度への対応は変わってきます。
不動産賃貸業において、インボイス(適格請求書)の発行が原則として不要となるケースが多くあります。その主な理由について、具体的に解説します。
不動産賃貸の中でも、個人が居住するためのアパートやマンションなどの「住宅家賃」は、消費税法において非課税取引と定められています。インボイス制度は、消費税の仕入税額控除の適正化を目的とした制度であるため、そもそも消費税が課税されない取引(非課税取引)については、インボイスの発行義務は生じません。
具体的には、賃貸借契約において、貸付期間が1ヶ月以上であり、かつ、人の居住の用に供することが明らかな場合に非課税となります。このため、一般的な個人の居住用賃貸物件の家賃収入は消費税の対象外となり、家主(貸主)は借主に対してインボイスを発行する必要がないのです。これは、社会政策的な配慮から、居住用家賃には消費税を課さないという考え方に基づいています。
不動産賃貸業を営む個人家主の多くは、消費税の「免税事業者」に該当するケースが多いことも、インボイスが原則不要とされる理由の一つです。免税事業者とは、その課税期間の基準期間(通常は前々事業年度または前々年)における課税売上高が1,000万円以下の事業者を指し、消費税の納税義務が免除されています。
インボイスを発行できるのは、税務署に申請して登録を受けた「適格請求書発行事業者」に限られますが、この登録ができるのは原則として消費税の課税事業者のみです。したがって、免税事業者である個人家主は、適格請求書発行事業者として登録することができず、インボイスを発行する義務もありません。
区分 |
インボイス発行の可否 |
主な該当者(不動産賃貸業の場合) |
免税事業者 |
不可(発行義務なし) |
基準期間の課税売上高が1,000万円以下の個人家主(主に住宅家賃収入のみの場合など) |
課税事業者(適格請求書発行事業者登録済み) |
可(発行義務あり) |
基準期間の課税売上高が1,000万円を超える家主、または任意で課税事業者を選択し登録した家主 |
多くの個人家主は住宅家賃が主な収入で課税売上が1,000万円以下となるため、免税事業者に該当し、インボイスの発行は不要なケースが大半です。
不動産賃貸業では、住宅の家賃収入は原則としてインボイス(適格請求書)の発行が不要です。しかし、全ての賃貸収入が非課税となるわけではありません。ここでは、インボイスの発行が必要となる例外的なケースについて具体的に解説します。これらのケースを把握し、適切に対応することがインボイス制度開始後の円滑な事業運営につながります。
事務所、店舗、工場、倉庫といった事業用物件の賃料は、消費税の課税対象となります。そのため、貸主が課税事業者であり、かつ借主(テナント)も課税事業者で仕入税額控除の適用を希望する場合には、貸主はインボイスの発行を求められます。
借主は、受け取ったインボイスを保存することで消費税の仕入税額控除を受けることができます。もし貸主がインボイスを発行できない免税事業者のままである場合、借主は消費税の負担が増加する可能性があるため、取引条件の見直しや、場合によっては取引先の変更を検討することもあり得ます。したがって、事業用物件を所有する家主は、借主との関係性や今後の事業戦略を踏まえ、適格請求書発行事業者への登録を検討する必要性が高まります。
駐車場の賃貸収入も、その施設の状況や契約内容によって消費税の課税対象となり、インボイスの発行が必要となる場合があります。住宅の家賃とは異なり、駐車場は一般的に「施設の利用」とみなされるケースが多いため注意が必要です。
具体的にインボイスの発行が必要となる主なケースは以下の通りです。
駐車場の種類・状況 |
インボイス発行の要否 |
備考 |
アスファルト舗装、区画線引き、フェンス設置など、地面が整備され施設として利用させる駐車場 |
必要 |
土地の貸付けではなく、駐車場という「施設」の貸付けとみなされ課税対象です。 |
機械式駐車場設備や屋根付き車庫など、建物や構築物と一体となっている駐車場 |
必要 |
こちらも施設の貸付けとして課税対象となります。 |
住宅の貸付けとは独立して、駐車場のみを外部の第三者に賃貸する場合 |
必要 |
住宅家賃とは切り離された取引であり、課税対象です。 |
住宅に付随する駐車場で、1戸あたり1台分を超える駐車場を貸し出す場合の超過分 |
必要 |
社会通念上、住宅の貸付けに通常付随するといえない部分は課税対象となる可能性があります。 |
住宅に付随する駐車場であっても、駐車場使用料が家賃とは別に明確に区分され、別途徴収されている場合 |
必要 |
駐車場利用の対価として独立して認識されるため課税対象です。 |
更地(未整備の土地)を駐車場として一時的に貸し出す場合 |
原則不要(条件による) |
単なる土地の貸付け(非課税)と判断されることが多いですが、契約内容や利用実態によっては課税対象となる場合もあります。 |
特に、アパートやマンション経営において、入居者向けの駐車場であっても、家賃とは別に駐車場代を設定している場合や、空き区画を近隣住民など外部に貸し出している場合は、課税売上に該当しインボイス発行の対象となる可能性が高いです。
事業用物件の賃料や駐車場代の他にも、不動産賃貸業に関連してインボイスの発行が必要となる収入や、あるいは自身が受け取る可能性のあるインボイスについて理解しておくべき項目があります。
項目 |
インボイス発行の要否(貸主が受け取る場合/支払う場合) |
説明 |
事業用物件の管理費・共益費 |
必要(貸主が受け取る場合) |
事務所や店舗などの事業用物件に関して、家賃とは別に徴収する管理費や共益費は、清掃や警備などの役務提供の対価として原則課税対象となり、貸主はインボイスの発行が必要です。 |
事業用物件の更新料 |
必要(貸主が受け取る場合) |
事業用物件の賃貸借契約更新時に貸主が受け取る更新料は、権利の設定の対価または役務提供の対価として課税対象です。 |
事業用物件の礼金(返還しないもの) |
必要(貸主が受け取る場合) |
事業用物件の契約時に貸主が受け取る返還義務のない礼金も、権利の設定の対価として課税対象となります。 |
仲介手数料 |
必要(不動産会社が発行/貸主が支払う場合) |
貸主が不動産仲介会社に支払う仲介手数料は課税仕入れとなり、不動産会社からインボイスを受領する必要があります。貸主が借主から仲介手数料を受け取ることは通常ありません。 |
テナントが負担する原状回復費用(貸主が工事を発注し、費用をテナントに請求する場合) |
必要(貸主が受け取る場合) |
貸主が原状回復工事を業者に発注し、その費用をテナントに請求する場合、貸主からテナントへの請求は課税売上となり、インボイスの発行が必要です。ただし、契約形態や実費精算の扱いにより異なる場合があります。 |
自動販売機の設置手数料、広告看板の設置料など |
必要(貸主が受け取る場合) |
所有物件の敷地や建物の一部を自動販売機設置場所や広告看板設置場所として貸し出し、その対価として手数料や設置料を受け取る場合、これらは課税売上に該当し、インボイスの発行が必要になることがあります。 |
太陽光発電設備の売電収入 |
必要(貸主が受け取る場合) |
所有物件に設置した太陽光発電設備による売電収入は、事業として行っている場合、課税売上となりインボイスの発行が必要となります。 |
これらの項目は、貸主が課税事業者である場合にインボイスの発行が求められる、または貸主が仕入税額控除を受けるためにインボイスの受領・保存が必要となるものです。特に事業用物件に関連する収入や費用、および付随的な収入については、課税取引となるものが多いため、インボイス制度への対応を個別にしっかりと確認しておくことが肝要です。
インボイス制度の開始に伴い、不動産賃貸業者も対応を検討する必要が生じる場合があります。特に事業用物件を賃貸している場合や、課税売上が発生する取引がある場合は注意が必要です。この章では、不動産賃貸業者がインボイス制度へどのように対応すべきか、具体的な方法を解説します。
インボイス制度への対応を考える上で、まず検討すべきは「免税事業者のままでいるか」それとも「課税事業者(適格請求書発行事業者)になるか」という点です。それぞれの立場にはメリット・デメリットがあり、ご自身の事業状況や取引先の状況を踏まえて慎重に判断する必要があります。
主な判断基準は以下の通りです。
以下に、免税事業者と課税事業者の主なメリット・デメリットをまとめます。
区分 |
メリット |
デメリット |
免税事業者のままでいる場合 |
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課税事業者(適格請求書発行事業者)になる場合 |
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なお、インボイス制度開始に伴い、免税事業者が課税事業者になった場合の負担を軽減するための経過措置も設けられています。例えば、小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置(2割特例)などがありますので、税理士などの専門家にも相談し、最適な選択をすることが重要です。
課税事業者となり、インボイス(適格請求書)を発行するためには、税務署長に対して「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出し、登録を受ける必要があります。免税事業者が登録を受けるためには、原則として「消費税課税事業者選択届出書」を提出して課税事業者となる必要がありますが、インボイス制度開始に伴う経過措置として、登録日から課税事業者となることができる特例もあります。
適格請求書発行事業者の登録申請は、以下の手順で行います。
登録申請から登録番号の通知までは一定の期間を要するため、インボイスの発行が必要になる時期を見越して、早めに手続きを行うことが推奨されます。登録された事業者の情報は、国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」で公表されます。
適格請求書発行事業者となった場合、取引先(借主など)の求めに応じてインボイスを交付する義務が生じます。不動産賃貸業におけるインボイスには、以下の事項を記載する必要があります。
不動産賃貸においては、毎月発生する家賃について、契約書に基づいて口座振替などで授受されるケースが多いです。このような場合、契約書と通帳の記録などを組み合わせることで、インボイスの記載事項を満たすことも可能です。ただし、個別の取引内容に応じて適切な対応が必要です。
発行したインボイスの写し、および受け取ったインボイスは、原則としてその課税期間の末日の翌日から2ヶ月を経過した日から7年間保存する必要があります。保存方法は、紙による保存のほか、電子帳簿保存法の要件を満たせば電子データでの保存も認められています。
インボイス制度への対応は、経理処理や契約内容の見直しなど、多岐にわたる可能性があります。不明な点や判断に迷う場合は、税理士や税務署に相談することをおすすめします。
不動産賃貸業におけるインボイス制度に関して、多く寄せられるご質問とその回答をまとめました。
サブリース契約(転貸借契約)におけるインボイスの発行義務は、実際の取引関係に基づいて判断されます。
具体的には、物件のオーナー様(賃貸人)とサブリース会社(転貸人)間、そしてサブリース会社と入居者様(賃借人)間のそれぞれの契約に基づき、役務の提供者が役務の受領者に対してインボイスを発行します。
例えば、サブリース会社が入居者様(借主が課税事業者の場合)に事務所や店舗を転貸する場合、サブリース会社は入居者様に対してインボイスを発行する必要があります。同様に、オーナー様が課税事業者であり、サブリース会社に課税物件を賃貸している場合、オーナー様はサブリース会社に対してインボイスを発行することになります。
敷金、礼金、更新料のインボイス制度上の取り扱いは、それぞれ性質が異なるため注意が必要です。以下にまとめます。
項目 |
インボイスの要否 |
理由・備考 |
敷金(保証金) |
原則不要 |
預り金であり、退去時に返還されるものは課税対象外です。ただし、退去時に原状回復費用などに充当され、その費用が課税取引に該当する場合は、その充当部分についてインボイスが必要となる場合があります。 |
礼金 |
必要 |
権利金の一種とされ、賃貸借契約の締結に伴う役務提供の対価として課税対象となるため、貸主が課税事業者であればインボイスの発行が必要です。 |
更新料 |
必要 |
契約更新に伴う役務提供の対価として課税対象となるため、貸主が課税事業者であればインボイスの発行が必要です。 |
住宅の家賃は非課税取引のため、これらに付随する礼金や更新料も原則として非課税となり、インボイスは不要です。
取引先(家主や管理会社など)が適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)であるかを確認する方法は、主に以下の2つです。
借主側が仕入税額控除を受けるためには、貸主から適格請求書の交付を受ける必要があるため、事前に確認しておくことが重要です。
事業用物件の家賃を口座振替で支払っている場合でも、借主が仕入税額控除を行うためには、原則として貸主からインボイス(適格請求書)の交付を受ける必要があります。
貸主は、借主(課税事業者)からの求めに応じてインボイスを発行する義務があります。具体的な交付方法としては、別途郵送や電子データでの送付などが考えられます。
なお、一定要件を満たせば、賃貸借契約書と通帳の支払記録(振込明細など)を合わせて保存することで、インボイスの記載事項を満たすものとして取り扱われる場合もあります。この場合、契約書に貸主の登録番号、適用税率、消費税額などが明記されている必要があります。詳細については、貸主や税理士にご確認ください。
インボイス制度の開始によって、既存の賃貸借契約書を必ずしも変更しなければならないわけではありません。
しかし、特に事業用物件の賃貸借においては、貸主の登録番号、適用税率、消費税額などのインボイス記載事項を契約書に明記しておくことで、インボイスのやり取りがスムーズになり、後のトラブル防止にも繋がります。例えば、家賃の支払いが口座振替の場合、契約書にこれらの情報が記載されていれば、通帳の記録と合わせてインボイスの保存要件を満たせる可能性があります。
そのため、貸主・借主双方でインボイスの取り扱いについて確認し、必要に応じて覚書を締結するなどの対応を検討することが推奨されます。特に、免税事業者であった貸主が課税事業者になった場合や、その逆の場合などは、契約条件の見直しも含めて協議が必要となることがあります。
不動産賃貸業では、住宅家賃は原則インボイスの発行は不要です。しかし、事務所や店舗、駐車場などの一部収入は課税対象となるケースがあります。ご自身の事業内容を正確に把握し、免税事業者のままでいるか、適格請求書発行事業者となるか、適切な対応を検討することが重要です。分かりにくい点があれば、税理士への相談もおすすめです。