更新日:2025.07.29
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インボイス制度が始まり、「仕事が減るのでは...」「収入に影響が出るかも...」と不安を感じている家内労働者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。本記事では、インボイス制度が家内労働者にどのような影響を与えるのかをわかりやすく解説し、損をしないために取るべき対応について丁寧にご紹介します。ご自身の働き方にどのような選択肢があるのか、この記事を通して整理していきましょう。
インボイス制度への対応を考える前に、まずは制度の基本と、家内労働者の法律上の定義について正しく理解することが大切です。ここでは、それぞれの基本をわかりやすく解説します。
インボイス制度とは、正式名称を「適格請求書等保存方式」といいます。これは、消費税の納税額を正しく計算するための新しい仕組みです。
事業者が国に納める消費税額は、「受け取った消費税」から「支払った消費税」を差し引いて計算します。この「支払った消費税」を差し引くことを「仕入税額控除」と呼びます。インボイス制度の開始後は、原則として「適格請求書(インボイス)」がなければ、この仕入税額控除が適用できなくなりました。
つまり、あなたに仕事を依頼している発注元(委託者)が仕入税額控除を受けるためには、あなたが発行する「適格請求書(インボイス)」が必要になるのです。
適格請求書(インボイス)を発行できるのは、税務署に申請し、登録を受けた「適格請求書発行事業者」だけです。そして、この登録事業者になると、これまで年間の課税売上高が1,000万円以下で消費税の納税が免除されていた「免税事業者」も、自動的に「課税事業者」となり、消費税を申告・納税する義務が生じます。
次に、「家内労働者」の定義を確認しましょう。一般的に「内職」と呼ばれる働き方をしている方が該当しますが、法律(家内労働法)では明確に定義されています。
家内労働者とは、「委託者から、部品や原材料の提供を受け、主に自宅などで一人または家族と物品の製造・加工などを行い、その労働に対して工賃を受け取る人」を指します。家内労働法によって、最低工賃や安全衛生の確保など、労働者に準じた保護が受けられるのが大きな特徴です。
一方で、税法上では家内労働者は「個人事業主」として扱われることがほとんどです。そのため、業務委託契約を結んで働くフリーランスと混同されがちですが、その立場には違いがあります。以下の表で、それぞれの違いを確認してみましょう。
家内労働者 |
業務委託(一般的なフリーランス) |
パート・アルバイト |
|
契約形態 |
委託契約 |
業務委託契約(請負・委任など) |
雇用契約 |
適用される主な法律 |
家内労働法・下請法など |
民法・下請法など |
労働基準法・労働契約法など |
働き方の裁量 |
比較的高い(時間や場所の拘束が少ない) |
高い(成果物に対して責任を負う) |
低い(指揮命令下で働く) |
報酬の性質 |
工賃 |
報酬・委託料 |
給与 |
このように、家内労働者は個人事業主やフリーランスの一形態ではあるものの、「家内労働法」による保護を受ける特別な立場にあると理解しておきましょう。この違いが、インボイス制度への対応を考える上でも重要なポイントになります。
契約形態や取引先の状況によっては、家内労働者もインボイス制度の影響を受ける可能性があります。どのような場合に影響があり、どのような場合は影響がないのか、具体的に見ていきましょう。
インボイス制度で家内労働者が影響を受けるのは、主に取引先(仕事を委託する事業者)が「課税事業者」であり、その取引先からインボイス(適格請求書)の発行を求められた場合です。
家内労働者は、税法上は個人事業主として扱われます。そのため、事業者間の取引で消費税の納税額を計算する「仕入税額控除」の仕組みが関係してきます。
具体的には、以下のようなケースで影響を受ける可能性が高まります。
もしあなたがインボイス登録をしない(免税事業者のままでいる)場合、取引先は仕入税額控除が受けられなくなるため、取引価格の引き下げを交渉されたり、最悪の場合は取引が打ち切りになったりするリスクが考えられます。
一方で、すべての家内労働者がインボイス制度の影響を受けるわけではありません。以下のようなケースでは、影響がない、または受けにくいと考えられます。
ご自身の状況がどちらに当てはまるか、以下の表で確認してみましょう。
影響を受ける可能性が高いケース |
影響を受けない・受けにくいケース |
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取引先の状況 |
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あなた自身の状況 |
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このように、インボイス制度の影響は、あなた自身の状況だけでなく、仕事を委託している取引先の状況によって大きく変わります。まずはご自身の取引先がどのような事業者なのかを確認することが重要です。
ここでは、家内労働者が損しないために今すぐやるべきことを3つのステップで具体的に解説します。
まず最初に行うべきは、ご自身の状況を正確に把握し、インボイス登録(適格請求書発行事業者の登録)をするか否かを判断することです。判断の鍵となるのは「取引先(委託者)の状況」と「ご自身の収入」です。
インボイス登録が必要になる可能性が高いのは、取引先が課税事業者であり、あなたに対してインボイスの発行を求めてくるケースです。取引先は、インボイスがないと仕入税額控除が受けられず、納税負担が増えてしまうため、インボイスを発行できる事業者との取引を優先する可能性があります。
一方で、取引先が免税事業者や簡易課税制度を利用している事業者、あるいは一般消費者である場合は、インボイスの発行を求められないことが多いため、急いで登録する必要はないかもしれません。まずは取引先にインボイス発行が必要かどうかを直接確認してみましょう。
インボイス登録をするかどうかの最終判断は、登録した場合としなかった場合の収入や税負担を具体的にシミュレーションした上で行うことが重要です。課税事業者になると消費税の納税義務が発生しますが、負担を軽減する「2割特例」などの経過措置も用意されています。
例えば、年間の報酬が110万円(消費税10万円込み)の場合で考えてみましょう。
選択肢 |
メリット |
デメリット・注意点 |
インボイス登録する |
・取引を継続しやすい ・新規の課税事業者とも取引しやすい |
・消費税の納税義務が発生する(例:2割特例利用で10万円×20%=2万円の納税) ・確定申告の手間が増える |
インボイス登録しない |
・消費税の納税義務がない ・確定申告などの事務負担は変わらない |
・取引先から消費税相当額の値下げを交渉される可能性がある ・契約を打ち切られるリスクがある |
上記のように、どちらの選択にもメリットとデメリットが存在します。ご自身の状況に当てはめて、どちらがより有利な選択となるか、冷静に計算・検討してみましょう。
インボイス制度の導入は、これまでの報酬額を見直す良い機会と捉えることもできます。登録する・しないにかかわらず、取引先と報酬について交渉することを検討しましょう。
インボイス登録をする場合は、新たに発生する消費税の納税負担や事務的なコストを考慮し、その分を上乗せした報酬額を交渉する根拠になります。「税抜価格+消費税」という形で契約内容を明確にしてもらうよう依頼しましょう。
一方、インボイス登録をしない場合、取引先から一方的な値下げを要求されるケースも考えられます。しかし、取引上の優越的な地位を利用して著しく低い対価を強いることは、独占禁止法や下請法に抵触するおそれがあります。もし一方的な通告を受けた場合は、すぐに受け入れるのではなく、まずは冷静に交渉の場を持つことが大切です。ご自身の仕事の価値やスキルを改めて伝え、安易な値下げに応じない姿勢も必要です。
インボイス登録をしない(免税事業者のままでいる)と決めた場合でも、それで安心というわけではありません。今後の状況変化に備えて、対策を考えておくことが重要です。
例えば、現在はインボイス不要な取引先でも、将来的に方針が変更になる可能性はゼロではありません。また、新規で取引を開始したい相手が、インボイス登録を必須条件としている場合もあります。
こうした変化に備えるため、以下のような準備を進めておくと良いでしょう。
インボイス制度は始まったばかりであり、今後も関連する情報が更新されていく可能性があります。常に最新の情報を収集し、柔軟に対応できる準備をしておくことが、家内労働者として長く安定して働き続けるための鍵となります。
ここでは、家内労働者の方がインボイス制度に関して抱きがちな疑問について、Q&A形式でわかりやすくお答えします。ご自身の状況と照らし合わせながら、制度への理解を深めていきましょう。
「家内労働者の特例」とは、所得税の計算に関する制度で、インボイス制度(消費税)とは直接関係ありません。正式名称を「家内労働者等の事業所得等の所得計算の特例」といいます。
この特例は、事業所得や雑所得を得ている家内労働者などが、実際に支払った経費の額にかかわらず、必要経費として最大55万円まで計上できるというものです。例えば、実際の経費が10万円しかなくても、この特例を使えば55万円を経費として申告でき、所得税や住民税の負担を軽減できます。
ただし、他に給与所得がある場合は、給与所得控除額と合わせて最大55万円までという上限があります。この特例を利用するには、確定申告の際に適用を受ける旨を記載する必要があります。
家内労働者の方の確定申告の要否は、所得の状況やインボイス登録の有無によって変わります。
インボイス登録をしていない場合、確定申告が必要かどうかは所得税のルールに基づき判断します。主なケースは以下の通りです。
ケース |
確定申告の要否 |
家内労働の所得(事業所得・雑所得)のみで、所得が48万円(基礎控除額)を超える場合 |
所得税の確定申告が必要 |
給与所得があり、家内労働の所得が年間20万円を超える場合 |
所得税の確定申告が必要 |
上記のいずれにも当てはまらない場合 |
所得税の確定申告は原則不要(※住民税の申告は別途必要になる場合があります) |
インボイス登録をすると、消費税の「課税事業者」になります。課税事業者になると、所得額にかかわらず、消費税の申告と納税が義務付けられます。
つまり、これまで所得税の確定申告が不要だった方でも、インボイス登録をした場合は、必ず消費税の確定申告を行わなければなりません。所得税の確定申告と消費税の確定申告は別の手続きである点を理解しておきましょう。
「フリーランス」とは、特定の会社や組織に所属せず、個人として独立して仕事を請け負う働き方の総称です。デザイナーやライター、プログラマーなど様々な職種が含まれますが、法律で定められた用語ではありません。
一方、「家内労働者」は「家内労働法」という法律によって定義され、保護の対象となる働き手です。委託者から物品の提供を受け、自宅などで加工や製造を行うといった特徴があります。
働き方という広い意味では、家内労働者もフリーランスの一種と考えることができます。インボイス制度においては、家内労働者もフリーランスも同じ「個人事業主」として扱われるため、制度の影響や対策については共通する点が多くあります。
インボイス制度の導入により、家内労働者の方にも影響が及ぶ可能性がありますが、その内容は契約形態や取引先の状況によって大きく異なります。まずはご自身の契約や取引先の課税状況を確認し、インボイス登録の要否を冷静に判断することが大切です。また、登録の有無にかかわらず、報酬額の見直しや交渉、必要経費の特例の活用も検討しておくと安心です。制度への正しい理解と、将来を見据えた柔軟な備えをしておくことで、これからも安定してお仕事を続けていただけるはずです。