更新日:2025.07.28
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インボイス制度が始まり、登録すべきかどうかでお悩みの士業の方も多いのではないでしょうか。本記事では、そんなお悩みに対して、制度の基本から登録によるメリット・デメリット、そして判断基準まで丁寧に解説します。ご自身の状況と照らし合わせながら、最適な選択を見つけていただく一助となれば幸いです。
2023年10月から開始されたインボイス制度は、弁護士、税理士、司法書士、行政書士といった「士業」の頭を悩ませています。なぜ、士業はインボイス制度への対応で特に迷いやすいのか、この章ではその背景を整理していきます。
士業がインボイス登録をためらう大きな理由の一つに、報酬の仕組みと消費税の問題があります。これまで免税事業者であった士業の多くは、クライアントへの請求時に報酬本体と合わせて消費税相当額を受け取っていました。免税事業者は消費税の納税義務がないため、この受け取った消費税分は「益税」として、実質的に自身の収入となっていました。
しかし、インボイス登録を行うと課税事業者となり、受け取った消費税を国に納める義務が生じます。つまり、クライアントからの請求額が変わらなくても、納税によって手取り収入が減少してしまうのです。この収入減を避けるために免税事業者のままでいるか、クライアントとの関係を維持するために課税事業者になるか、というジレンマが悩みの根源となっています。
区分 |
免税事業者のままの場合 |
課税事業者(インボイス登録)になった場合 |
クライアントへの請求額 |
110,000円(税込) |
110,000円(税込) |
消費税の納税額 |
0円 |
10,000円(※簡易課税制度等を考慮しない場合) |
手取り収入 |
110,000円 |
100,000円 |
士業のビジネスモデルも、インボイス制度への対応を難しくさせる要因です。士業のクライアントは、法人や個人事業主といった課税事業者が大半を占めます。課税事業者であるクライアントは、事業で支払った経費に含まれる消費税を、自身が納める消費税額から差し引く「仕入税額控除」を適用することで、税負担を軽減しています。
インボイス制度の開始後、クライアントがこの仕入税額控除を受けるためには、取引相手である士業から「適格請求書(インボイス)」を発行してもらう必要があります。もし士業が免税事業者のままでインボイスを発行できない場合、クライアントは仕入税額控除を受けられず、その分だけ税負担が増加してしまいます。
長年築いてきた顧問先やクライアントとの関係性を維持するためには、自身の収入が減ることを受け入れてでもインボイス登録をせざるを得ない、という状況が多くの士業を悩ませているのです。
インボイス制度をニュースなどで耳にする機会は増えましたが、「士業である自分にどう関係するのか、実はよく分かっていない」という方も少なくないでしょう。ここでは、インボイス制度の基本と、士業にどのような影響があるのかを分かりやすく解説します。
インボイス制度(適格請求書等保存方式)とは、複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の方式です。具体的には、売り手側が買い手側に対して、正確な適用税率や消費税額などを伝えるための書類「インボイス(適格請求書)」を交付し、双方がそれを保存することを義務付ける制度です。
この制度で最も重要なポイントは「仕入税額控除」との関係性です。買い手側(クライアント)が、自社が納める消費税額を計算する際に、支払った消費税分を差し引くこと(仕入税額控除)を適用するためには、原則として売り手側(士業)から交付された「インボイス」が必要不可欠となります。
つまり、クライアントが仕入税額控除を受けるためには、あなたがインボイスを発行できる事業者である必要があるのです。
インボイスとして認められるためには、従来の請求書に加えて、以下の項目を記載する必要があります。特に「登録番号」は、税務署に申請し、適格請求書発行事業者の登録を受けなければ発行されません。
記載項目 |
内容 |
適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号 |
事前に税務署へ登録申請し、取得した番号(T+13桁の法人番号または13桁の数字)を記載します。 |
取引年月日 |
顧問契約など、継続的な取引の場合は期間を記載することも可能です。 |
取引内容(軽減税率の対象品目である旨) |
報酬、コンサルティング料など具体的な内容を記載します。軽減税率(8%)対象の取引がある場合は、その旨が分かるように記載が必要です。 |
税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜または税込)および適用税率 |
10%対象、8%対象など、税率ごとに合計金額と適用税率を明記します。 |
税率ごとに区分した消費税額等 |
税率ごとに区分した消費税額を記載します。 |
書類の交付を受ける事業者の氏名または名称 |
請求書を送る相手先(クライアント)の正式名称を記載します。 |
弁護士、税理士、司法書士、行政書士、社会保険労務士といった士業も、インボイス制度の対象から除外されることはありません。事業として報酬を受け取り、そこに消費税が発生する以上、制度との関わりを理解しておく必要があります。
インボイス制度への対応を考える上で、まずご自身が「課税事業者」か「免税事業者」かを確認することが第一歩です。原則として、基準期間(個人事業主の場合は前々年)の課税売上高が1,000万円を超える事業者は「課税事業者」、1,000万円以下の事業者は「免税事業者」となります。
インボイス制度が士業の実務に与える影響は、主にクライアントとの関係性において現れます。特に、これまで消費税の納税が免除されていた免税事業者の士業にとっては、大きな判断が求められます。
インボイスを発行できる「適格請求書発行事業者」になれるのは、課税事業者のみです。そのため、免税事業者の士業がインボイス登録を行うということは、自ら「課税事業者」を選択し、消費税の納税義務を負うことを意味します。
もし免税事業者のままでいることを選択した場合、クライアントはあなたに支払った報酬にかかる消費税を仕入税額控除できなくなります。その結果、クライアントの税負担が増えるため、あなたに対して消費税分の値引きを要求したり、インボイスを発行できる他の士業へ契約を切り替えたりする可能性も考えられるのです。
インボイス制度への登録は、士業の先生方にとって事業の将来を左右する重要な判断です。ここでは、インボイス登録に伴うメリットとデメリットを具体的に比較し、最適な選択をするための判断材料を解説します。
インボイス登録の最大のメリットは、課税事業者であるクライアントとの取引を円滑に継続できる点にあります。クライアントの視点に立つと、インボイス登録事業者へ支払った報酬は、消費税の仕入税額控除の対象となり、納税額を抑えることができます。したがって、登録はクライアントの利益を守り、ひいては先生方自身の事業基盤を安定させることに繋がります。
クライアントの多くが法人や課税事業者である士業にとって、インボイスを発行できないことは、取引から除外されたり、報酬の減額を交渉されたりするリスクを意味します。インボイス登録を行うことで、こうしたリスクを回避し、既存のクライアントとの良好な関係を維持できます。さらに、新規で課税事業者のクライアントを獲得する際にも、インボイス登録事業者であることは信頼の証となり、選ばれる上での有利な条件となり得ます。
適格請求書発行事業者の登録番号を持つことは、国税庁に認められた事業者であることの証明にもなります。これは、コンプライアンスを重視するクライアントに対して、透明性の高い事業運営を行っているというアピールに繋がり、社会的な信用や事業者としての信頼性を高める効果が期待できます。
一方で、インボイス登録にはデメリットも存在します。特に、これまで年間の課税売上高が1,000万円以下で消費税の納税が免除されていた免税事業者にとっては、新たな負担が生じます。しかし、これらの負担を軽減するための特例措置も用意されています。
免税事業者がインボイス登録を行うと、課税事業者となり、受け取った報酬にかかる消費税を国に納める義務が生じます。実質的な収入が減るため、登録に迷う大きな要因となっています。
インボイス制度に対応するためには、適格請求書の要件を満たした請求書の発行や、受け取った請求書の管理、消費税額の正確な計算と記帳など、経理・事務作業が複雑化します。確定申告の際には、消費税の申告手続きも新たに追加されるため、事務的な負担が増加することは避けられません。
インボイス制度への移行に伴う事業者の負担を和らげるため、国はいくつかの特例措置を設けています。これらの制度をうまく活用することで、デメリットの影響を最小限に抑えることが可能です。
負担の種類 |
具体的なデメリットの内容 |
主な負担軽減策 |
納税負担 |
免税事業者から課税事業者になることで、消費税の納税義務が発生し、手取りが減少する。 |
2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置) 売上税額の2割を納税額とすることができる特例です。事前の届出は不要で、消費税の申告書に適用する旨を付記するだけで利用できます。(※2026年9月30日の属する課税期間まで) |
事務負担 |
適格請求書の発行・保存や、消費税申告など、経理処理が複雑になり、作業時間やコストが増加する。 |
少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置) 税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても帳簿のみで仕入税額控除が可能です。(※2029年9月30日まで) また、会計ソフト導入などに利用できるIT導入補助金なども活用できます。 |
これらの軽減策は期間限定のものが多いため、適用対象や期間を正確に把握し、計画的に活用することが重要です。自身の事業状況と照らし合わせ、どの制度が利用できるかを確認しましょう。
インボイス制度への登録は、すべての士業にとって一律に「正解」があるわけではありません。ここでは、あなたがインボイス登録をすべきか否かを判断するための具体的な基準を解説します。
以下の特徴に当てはまる場合、インボイス登録(適格請求書発行事業者の登録)を積極的に検討することをおすすめします。登録しない場合、既存クライアントとの取引見直しや、新規クライアント獲得の機会損失につながる可能性があるためです。
一方で、急いで登録する必要がなく、免税事業者のままでいるメリットを享受できる可能性が高いケースも存在します。ただし、登録しない場合のリスクも理解した上で判断することが肝心です。
ご自身の状況がどちらに近いか、以下の表で確認してみましょう。
判断項目 |
登録を強く推奨するケース |
慎重に検討すべきケース |
主なクライアント |
法人、課税事業者 |
個人(消費者)、免税事業者 |
取引形態 |
BtoB(企業間取引)が中心 |
BtoC(対個人取引)が中心 |
登録しない場合のリスク |
・取引の打ち切り ・報酬の減額交渉 ・新規顧客獲得の機会損失 |
・限定的(一部の法人顧客との関係見直しが必要になる可能性) |
判断のポイント |
クライアントの事業活動(仕入税額控除)に影響が大きいため、登録が原則。 |
納税義務や事務負担を考慮し、登録しない選択も有力。ただし、少数の法人顧客への対応は検討が必要。 |
もし、慎重に検討すべきケースに該当するものの、一部の法人クライアントとの関係を維持したい場合は、消費税相当額の値引きに応じるか、あるいは経過措置について説明し理解を求めるなどの個別対応が必要になります。ご自身の事業にとって何が最適か、この判断基準を元に検討を進めてください。
インボイス制度の申請手続き自体はポイントを押さえれば決して難しいものではありません。ここでは、登録申請に必要な準備から具体的な申請方法までを分かりやすく解説します。
インボイス登録の申請をスムーズに進めるためには、事前の準備が重要です。申請は国税庁の「適格請求書発行事業者の登録申請書」を用いて行います。申請方法によって必要なものが異なりますので、ご自身の状況に合わせて準備を進めましょう。
区分 |
主な準備物 |
個人事業主の士業 |
|
士業法人 |
|
登録申請書は、国税庁のウェブサイトからダウンロードできます。e-Taxで申請する場合は、画面の案内に従って入力するため、申請書様式を別途用意する必要はありません。
インボイス登録の申請方法は、主に「e-Taxによる電子申請」と「書面による郵送申請」の2種類があります。国税庁は、処理がスピーディーで便利なe-Taxの利用を推奨しています。
パソコンやスマートフォンから申請する方法です。マイナンバーカードと利用者識別番号があれば、24時間いつでも自宅や事務所から手続きが可能です。登録通知までの期間が郵送に比べて短いのが最大のメリットです。
【e-Tax申請の主な流れ】
特にスマートフォン用の「e-Taxソフト(SP版)」は、マイナンバーカードの読み取りに対応したスマートフォンがあれば、質問に答える形式で簡単に入力でき、初めての方にもおすすめです。
国税庁のサイトから「適格請求書発行事業者の登録申請書」をダウンロード・印刷し、必要事項を記入して郵送する方法です。マイナンバーカードをお持ちでない場合や、PC・スマホ操作が苦手な方はこちらの方法を選択することになります。
【郵送申請の主な流れ】
提出先は、納税地を管轄する税務署ではなく、各国税局に設置されている「インボイス登録センター」となりますのでご注意ください。送付先の住所は国税庁のウェブサイトで確認できます。
申請後、税務署での審査を経て登録が完了すると、登録番号が通知されます。通知までの期間は申請方法によって異なり、国税庁から目安が公表されています。
申請方法 |
登録通知までの期間(目安) |
e-Tax申請 |
約1.5か月 |
書面申請 |
約2.5か月 |
上記はあくまで目安であり、申請が集中する時期はさらに時間がかかる可能性があります。登録を希望する日から取引先に適格請求書を交付できるよう、余裕を持った申請を心掛けましょう。
士業にとってのインボイス登録は、単なる手続きではなく、今後の事業運営やクライアントとの関係性に大きく関わる重要な判断です。特に、取引先が法人や課税事業者である場合には、登録することで信頼の維持や新たな取引のチャンスにつながることも少なくありません。一方で、納税義務や事務負担といった現実的な課題もありますので、ご自身の状況を踏まえて冷静に比較検討することが大切です。