更新日:2024.10.04
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消費税は、事業者が仕入れを行う際にも課税されるため、最終顧客に至るまで二重に課税される可能性があります。これを防ぐために設けられたのが「仕入税額控除」です。多くの事業者が利用するこの制度ですが、2023年10月からのインボイス制度導入により、その仕組みに変更が生じました。
この記事では、インボイス制度下における仕入税額控除の基礎知識から、具体的な取引例、計算方法、そして制度開始後の注意点と対応策まで、事業者が知っておくべき情報を網羅的に解説します。 制度変更を正しく理解し、事業への影響を最小限に抑えましょう。
仕入税額控除は、課税事業者が正しく消費税を納めるために設定されている制度です。控除を受けないと多く納税することになるので、キャッシュフローが悪化して経営に支障をきたす可能性があります。
仕入税額控除の目的は、課税事業者が納付すべき消費税の二重課税の防止です。消費税は国内における商業売買やサービス(介護や医療など一部を除く)提供時に課される間接税であるため、生産や流通などすべての段階において取引が行われるたびに課税されています。仕入税額控除を行わずに納付してしまうと、製造・流通段階から最終顧客に至る間に何重にも税が課せられた状態になります。
そこで売上にかかった分から仕入時に支払った税額を差し引くことで、二重課税の防止が可能です。例えば、卸売業者が30,000円で商品を仕入れて50,000円で販売したケースでは以下のようになります。
仕入額 |
仕入に課された消費税 |
売上額 |
売上に課された消費税 |
30,000円 |
3,000円 |
50,000円 |
5,000円 |
【5,000円(売上に課された消費税)-3,000円(仕入で課された消費税)=2,000円(納税額)】
仕入に課された3,000円分が控除の対象となるので、卸売業者は差額の2,000円を納税すればよいことになります。
現行の仕入税額控除の適用要件は、以下の3つです。
控除を受ける際は、要件を満たした帳簿及び請求書の保存が必須です。また帳簿と請求書は、7年間保存しなければならないと定められています。
なお6・7年目は、帳簿か請求書のどちらか1つを保存すればよいとされています。
帳簿に記載すべき事項は、以下のとおりです。
区分記載請求書に記載すべき事項は、以下のとおりです。
2019年10月1日より導入された軽減税率により、2023年9月30日までは帳簿記載事項の「資産の内容」の項目に「軽減対象資産の譲渡等の対象となる旨」が追加されています。
仕入税額控除は、すべての課税仕入れが制度適用の対象です。課税仕入れとは、商品売買やサービス提供時に消費税が課せられる取引を指します。主な内容は、以下のようなものがあります。
自社の従業員への給与支払いは控除対象外ですが、人材派遣サービス利用などアウトソーシング費用にかかる消費税は控除できます。もう少し具体的に以下では説明していきます。
これは、事業者が対価を得て課税資産を譲渡する取引を指します。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
取引の種類 | 具体例 |
---|---|
商品の販売 | 小売店が顧客に商品を販売する、メーカーが卸売業者に商品を販売するなど |
サービスの提供 | コンサルタントが顧客にコンサルティングサービスを提供する、運送会社が顧客に運送サービスを提供するなど |
不動産の賃貸 | 不動産会社がテナントにオフィスビルを賃貸する、個人が所有するマンションを賃貸するなど |
資産の貸付け | リース会社が顧客に機械設備をリースする、レンタル会社が顧客にイベント用品をレンタルするなど |
これは、課税資産の譲渡等に付随して提供されるサービスを指します。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
サービスの種類 | 具体例 |
---|---|
商品の配送料 | ネットショップが顧客に商品を配送する際の送料 |
商品の設置費用 | 家電量販店が顧客宅に購入した家電を設置する際の費用 |
ソフトウェアのインストール費用 | ソフトウェア会社が顧客のコンピュータにソフトウェアをインストールする際の費用 |
保守・メンテナンス費用 | メーカーが顧客に販売した機械設備の保守・メンテナンスを行う際の費用 |
ただし、これらの取引であっても、以下の場合には仕入税額控除の対象外となる可能性があります
仕入税額控除の対象となる取引は多岐にわたりますので、具体的な取引内容について疑問がある場合は、税理士や税務署に相談することをおすすめします。
仕入税額控除の原則的計算方法は、以下の3つがあります。
仕入税額控額の求め方は、課税期間中の課税売上高や課税売上割合によって変わります。課税売上割合は、以下の計算式で割り出します。
【課税売上割合=課税売上高÷(課税売上高+非課税売上高)× 100】
なお、課税売上高と非課税売上高は税抜額で計算します。課税期間中の売上高が5億円未満で課税売上割合が95%以上であれば全額控除方式、該当しないケースでは個別対応方式もしくは一括比例配分方式を用いて計算します。
個別対応方式は、課税仕入れを以下の3つに分けて別々に仕入税額控除額を割り出す方法です。
控除対象仕入税額は、以下の計算式で割り出します。
【控除対象仕入税額=課税売上に関連する仕入額+課税・非課税売上に共通する仕入額×課税売上割合】
計算は複雑ですが、課税売上に対する課税仕入れが多いケースでは控除できる金額が大きくなります。なお、非課税売上に関連する仕入分は控除されません。
一括比例配分方式は、課税仕入れの区分を設けずに一括して割り出す方法です。計算方法は、以下のとおりです。
【仕入税額控除額=課税仕入れにかかる消費税額×課税売上の割合】
個別対応方式のように区分しなくていいので計算が簡単なのがメリットですが、課税売上割合が低いと控除額が少なくなることがデメリットです。課税事業者は、個別対応方式か一括比例配分方式を選択できます。納税額の差や事務負担を考慮して、どちらかを選ぶのがおすすめです。ただし、一度一括比例方式を選択すると最低でも2年間は個別対応方式を選べないため注意しましょう。
全額控除方式は、課税期間中の課税仕入れにかかる消費税額の全額を控除できることです。全額控除方式を利用するときは、以下の要件を満たす必要があります。
課税仕入れに対する消費税を全額控除できることに加え、事務処理の手間も比較的少ない計算方法です。
インボイス制度とは、8%または10%の複数税率に対応した仕入控除のやり方で「適格請求書等保存方式」が正式名称です。2023年10月からスタートする制度で仕入税額控除にも影響するので、インボイス制度導入後の注意点など基本的な概要を理解しておきましょう。
インボイス制度導入後に仕入税額控除を受けるには、売手側に一定の要件を満たした「適格請求書(インボイス)」を発行してもらう必要があります。さらに発行された適格請求書を、売手側と買手側の双方が保存することで仕入税額控除が適用されます。そのため、売手側が適格請求書が発行できないときは買手側は控除を受けられません。
仕入税額控除ができないということは、仕入にかかった消費税をすべて自社で請け負うことになります。取引先が適格請求書を発行できないときは、消費税負担額が大きくなるため注意が必要です。ただし3万円未満の公共交通機関(バスや鉄道)による旅客運送や、郵便切手による郵便サービス(郵便ポスト投函のみ)などはインボイス保存が免除されています。
適格請求書を発行するためには消費税の課税事業者であることに加えて、適格請求書発行事業者となるための手続きが必須です。登録申請の手続きを行う際は「適格請求書発行事業者登録申請書」を、管轄の税務署に郵送または持参して提出するかe-Taxによる電子申請を行います。
インボイス制度開始日は、2023年10月1日です。開始日から適格請求書発行事業者となるためには、同年3月31日までの手続きが必要でした。しかし令和5年度の税制改正大綱においてインボイス制度に関する見直しが行われ、2023年9月30日までに手続きが完了すれば同年10月1日を登録日とできます。登録の審査には時間を要するため、余裕を持って申請を行いましょう。
取引を行う相手が免税事業者のときは、適格請求書が発行されないので仕入税額控除が適用されません。そのため免税事業者と取引を行う課税事業者は、急激に納税負担が増加します。消費税納付の負担を軽減を目的とした「経過措置」が設けられています。経過措置により、インボイス導入後の6年間は一定割合を控除できます。経過措置の期間と割合は、以下のとおりです。
経過措置を受けるときは「区分記載請求書等保存方式」と同じ項目を記載した帳簿及び請求書の保存が必須条件です。帳簿においては、経過措置を受けるための課税仕入れである旨も明記しなければなりません。
インボイス制度開始後に仕入税額控除を受けるには、課税事業者かつ適格請求書発行事業者でなければなりません。立場によって準備が異なるため、売手と買手に分けてやるべきことを解説します。
自社が売手となるケースでは、課税事業者か免税事業者であるかでやるべきことが異なります。
課税事業者がやるべきこと
免税事業者がやるべきこと
課税事業者の場合は、インボイス発行事業者となることで適格請求書の発行が可能です。しかし、適格請求書発行事業者になるには課税事業者であることが必須条件です。そのため、免税事業者は課税事業者になるために「消費税課税事業者選択届出書」を管轄の税務署に提出しなければなりません。
消費税の負担軽減は可能ですが、納付義務が発生するためこれまでより経費の増加が考えられます。免税事業者のままで事業を継続するときは、取引先からの値引きを依頼される可能性があるため交渉に備えておきましょう。
自社が課税事業者で買手になる場合にすべき対応は、以下のとおりです。
自社と取引先が課税事業者のケースでは、フォーマットの改正や税額計算方法の確認などインボイス制度に向けた体制整備を行います。もし取引を行う相手が免税事業者だったときは適格請求書が発行されないので、税負担額増加に備えた調整が必要です。なお免税事業者が買手となるケースでは取引先にも影響がないので、自社の仕入税額控除の適用を求めないのであれば現状のままで問題ありません。
インボイス制度導入後は、仕入税額控除に大きな影響があります。売手側が適格請求書発行事業者でないときは、適格請求書が交付されないため控除が受けられません。そのため取引を行う相手が免税事業者のときは、仕入にかかった消費税分を控除できないため課税事業者の税負担が大きくなります。
自社が免税事業者で売手となるケースでは、課税事業者かつ適格請求書発行事業者になるかの判断が必要です。6年間の経過措置はありますが、先方からの値引き交渉などがある可能性を踏まえて対応することが大切です。インボイス制度に対応するときも登録申請や体制整備が欠かせないので、余裕を持って準備を行いましょう。