更新日:2026.08.31

ー 目次 ー
請求した金額から振込手数料が差し引かれて入金される、いわゆる相殺の扱いが2026年1月に大きく変わりました。下請法が「中小受託取引適正化法(取適法)」に改正され、対象となる取引では、契約書で合意していても手数料を代金から差し引くことができなくなっています。
一方で、取適法の対象にならない取引では、これまでどおり相殺そのものは可能です。その場合は消費税の処理をどう選ぶかが論点になります。
この記事では、まず自社の取引が取適法の対象かを判定し、そのうえで売り手・買い手それぞれの消費税処理と、返還インボイスの要否を整理します。
2026年1月1日に施行された取適法では、委託事業者が代金を振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、代金から差し引くことは「代金の減額」にあたるとして禁止されています。
自社の取引がどちらに当てはまるかで、その後の対応が分かれます。
| 取引の区分 | 振込手数料の相殺 | 消費税の処理 |
|---|---|---|
| 取適法の対象になる取引 | できない。委託事業者(買い手)が負担する | 相殺が発生しないため、返還インボイスの論点も生じない |
| 取適法の対象にならない取引 | 双方の合意があれば可能 | 売り手側で3通りの処理から選ぶ。返還インボイスの要否を確認する |
改正前の下請法では、発注前に書面で合意しており、かつ親事業者が実際に負担した実費の範囲内であれば、手数料の差し引きは減額に当たらないとされていました。この点が取適法では変更されています。
公正取引委員会は、取適法に関するよくある質問のなかで、中小受託事業者の了解を得たうえで振込手数料を代金から差し引く行為について、合意の有無にかかわらず本法違反として問題となるとしています。運用基準にも、書面での合意がある場合であっても減額に該当する旨が明記されました。
つまり、取引基本契約書に「振込手数料は受注者負担とする」と定めていても、その条項を根拠に差し引くことはできません。すでに締結済みの契約についても同じです。
取適法の対象にならない取引では、振込手数料をどちらが負担するかは当事者の合意で決められます。合意がない場合は民法485条により、弁済の費用は債務者、つまり代金を支払う買い手が負担するのが原則です。
売り手負担とする場合は、契約書や覚書で明記しておきます。口頭の了解だけでは、後から負担の認識がずれたときに解決できません。あわせて、売り手負担のときの会計処理をどうするか(売上値引きとするか支払手数料とするか)まで決めておくと、毎月の消込がぶれません。
まず確認すべきは、自社と相手方の組み合わせが取適法の適用対象に入るかどうかです。
取適法は、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託などを対象とし、委託事業者と中小受託事業者の規模差によって適用の有無が決まります。資本金による基準は次のとおりです。
| 委託の種類 | 委託事業者 | 中小受託事業者 |
|---|---|---|
| 製造委託・修理委託、情報成果物作成委託(プログラム)、役務提供委託(運送・物品の倉庫保管・情報処理) | 資本金3億円超 | 資本金3億円以下(個人を含む) |
| 同上 | 資本金1,000万円超3億円以下 | 資本金1,000万円以下(個人を含む) |
| 情報成果物作成委託(プログラムを除く)、役務提供委託(上記3業務を除く) | 資本金5,000万円超 | 資本金5,000万円以下(個人を含む) |
| 同上 | 資本金1,000万円超5,000万円以下 | 資本金1,000万円以下(個人を含む) |
個別の判定は組み合わせで決まるため、実際の運用にあたっては公正取引委員会が公表しているリーフレットで確認してください。
改正により、従来の資本金基準に加えて従業員数の基準が追加されました。製造委託等は従業員300人、役務提供委託等は従業員100人が基準です。
資本金が基準に届かなくても、従業員数が多い会社は委託事業者として規制の対象になります。資本金基準では対象外だった取引が2026年1月以降は対象に変わっているケースがあるため、長く続いている取引先についても改めて確認が必要です。
従業員を雇用していない個人に業務を委託している場合、取適法の対象にならなくてもフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の対象になることがあります。
公正取引委員会は、フリーランスとの合意の有無にかかわらず、報酬から振込手数料を差し引くことは報酬の減額や買いたたきにあたるとして注意を呼びかけています。どちらの法律にも該当しない取引だけが、合意による相殺の余地が残る取引ということになります。
相殺が認められる取引で手数料を差し引かれたとき、売り手側の消費税の取り扱いは1つではありません。国税庁のインボイス制度に関するQ&A(問29)では、契約関係に応じて次の3通りが示されています。
| 処理 | 消費税の考え方 | 売り手に必要な対応 |
|---|---|---|
| 売上値引き | 売上げに係る対価の返還等 | 返還インボイスの交付。税込1万円未満なら交付義務は免除 |
| 代金決済上の役務提供の対価 | 買い手から受けたサービスの購入。売り手にとっては課税仕入れ | 買い手が交付したインボイスを保存する。売り手が仕入明細書を作成し買い手の確認を受ける方法も可 |
| 立替金 | 売り手が負担すべき手数料を買い手が立て替えたもの | 金融機関のインボイスと、買い手が作成した立替金精算書を受け取って保存する |
もっとも多く選ばれているのが売上値引きです。請求額の一部を返したものとして扱うため、消費税法上は売上げに係る対価の返還等になります。
110,000円(税込)の売掛金に対し、振込手数料550円を差し引かれて109,450円が入金された場合の仕訳は次のとおりです。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 普通預金 | 109,450円 | 売掛金 | 110,000円 |
| 売上値引 | 550円 |
会計上は支払手数料として費用処理し、消費税法上だけ対価の返還等として扱うこともできます。その場合は、通常の支払手数料と区別できるように補助科目や税区分を分けておきます。
なお、対価の返還等に適用する税率は、もとの売上に適用した税率に従います。軽減税率8%の売上に対する値引きであれば、値引き額も8%で処理します。
買い手が振込という手続きを代わりに行ってくれた対価と考える方法です。この場合、売り手の課税資産の譲渡等と、買い手が売り手に提供した決済上の役務は別々の取引になります。
売り手が手数料相当額について仕入税額控除を受けるには、買い手から交付を受けたインボイスの保存が必要です。買い手に毎回請求書を発行してもらう運用は現実的でないため、売り手が仕入明細書を作成し、買い手の確認を受けて控除する方法が使われます。
売り手が負担すべき手数料を買い手が立て替えたと整理する方法です。売り手が仕入税額控除を受けるには、金融機関が交付したインボイスと、買い手が作成した立替金精算書の保存が必要になります。
書類が2種類必要になるため、数百円の手数料でこの方法が採用されることはあまりありません。
売上値引きとして処理する場合、原則として買い手に返還インボイス(適格返還請求書)を交付する義務があります。ただし、対価の返還等の金額が税込1万円未満であれば、この交付義務は免除されます。
国税庁も、売り手が負担する振込手数料相当額を売上値引きとして処理している場合、通常その金額は1万円未満となるため、返還インボイスの交付義務が免除されるとの考え方を示しています。振込手数料の相殺で返還インボイスの交付が必要になる場面は、実務上ほとんどありません。
1万円未満という同じ金額基準の制度がもう1つあるため、取り違えに注意が必要です。
| 項目 | 少額な返還インボイスの交付義務免除 | 少額特例 |
|---|---|---|
| 対象 | 売り手(対価の返還等を行う側) | 買い手(課税仕入れを行う側) |
| 内容 | 返還インボイスの交付義務が免除される | インボイスの保存がなくても、帳簿の保存だけで仕入税額控除ができる |
| 金額基準 | 税込1万円未満の対価の返還等 | 税込1万円未満の課税仕入れ |
| 事業者の要件 | なし | 基準期間の課税売上高1億円以下、または特定期間の課税売上高5,000万円以下 |
| 期限 | なし | 2029年9月30日までに行う課税仕入れ |
帳簿に「少額特例の適用を受ける旨」を記載するのは、後者の制度です。振込手数料の相殺で売り手が返還インボイスを出さないことと、この記載は関係がありません。
判定は、返還した金額や値引きの対象となる請求・債権の単位ごとに行います。1回の請求に対して差し引かれた手数料の額で判断するため、年間の合計額が1万円を超えても交付義務は生じません。
一方、複数商品のリベートをまとめて後日支払うようなケースでは、その合計額が1万円以上になれば交付義務が生じます。
返還インボイスの交付が免除されても、売上に係る対価の返還等の内容を記録した帳簿の保存は必要です。売上税額から値引き分の消費税額を控除するための要件になります。
支払手数料として会計処理している場合は、通常の支払手数料と区別できるよう、対価の返還等であることがわかる科目コードや税区分をあらかじめ用意しておきます。
買い手が代金から手数料を差し引いて支払い、売り手がそれを売上値引きとして処理した場合、買い手側では仕入れに係る対価の返還等となり、仕入税額控除額を減額する調整を行います。
控除額を減らす方向の調整であるため、返還インボイスを受け取れないことで買い手が不利になることはありません。返還インボイスの保存がこの調整の要件とされているわけでもありません。
110,000円(税込)の買掛金を支払う際に、振込手数料550円を差し引いて109,450円を振り込んだ場合の仕訳は次のとおりです。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 買掛金 | 110,000円 | 普通預金 | 109,450円 |
| 仕入値引 | 500円 | ||
| 仮払消費税等 | 50円 |
仕入値引の代わりに支払手数料のマイナスとして処理する方法もあります。いずれの場合も、仕入税額控除の対象となる消費税額を50円分減らす点は変わりません。
取適法やフリーランス法の対象になる取引では、そもそも差し引くことができません。取引先ごとに対象・対象外を判定して支払方法を分けるのは現実的でないため、発注者負担に統一する企業が増えています。
統一する場合、振込手数料は買い手自身の課税仕入れになります。金融機関に支払う振込手数料については、ATM(自動サービス機)を利用した3万円未満の取引であればインボイスの保存が不要になるなど、保存方法に例外があります。
支払方法を発注者負担に切り替える場合、経理だけで完結しません。契約とシステムの両方を合わせる必要があります。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 取引先を、取適法・フリーランス法の対象かどうかで棚卸しする |
| 2 | 取引基本契約書の手数料負担条項を確認し、必要であれば覚書で改定する |
| 3 | 支払システム・ファームバンキングの手数料差引設定を解除する |
| 4 | 請求書テンプレートの「振込手数料はご負担ください」といった記載を削除する |
| 5 | 取引先へ変更を通知する |
| 6 | 売り手側は入金消込のルール(売上値引の計上)を見直す |
買い手側から売り手側へ通知する場合の文面です。自社の状況に合わせて調整してください。
件名:お支払い時の振込手数料の取り扱い変更について
平素より格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
2026年1月1日に施行された中小受託取引適正化法(取適法)を踏まえ、弊社からのお支払いにおける振込手数料の取り扱いを見直すことといたしました。
つきましては、20XX年X月お支払い分より、振込手数料は弊社にて負担し、ご請求金額の全額をお振り込みいたします。
これに伴い、貴社にてご対応いただく事項はございません。
ご不明な点がございましたら、下記までお問い合わせください。
対象外であれば、当事者の合意にもとづく相殺は可能です。ただし、取引上の立場の差を背景に一方的に負担させている場合は、独占禁止法の優越的地位の濫用として問題になる余地が残ります。合意の内容と経緯を書面で残しておくことが前提になります。
取適法は2026年1月1日以後の取引に適用されます。施行前に発注した取引の支払いについては従前の取り扱いによる部分がありますが、支払時点で運用を分けると設定ミスや処理漏れが起きやすくなります。実務上は、支払時点で新しい運用に統一するほうが安全です。
通常の国内送金では想定しにくい金額です。ただし、複数の請求をまとめて値引き処理する場合など、対価の返還等の金額が1万円以上になれば返還インボイスの交付が必要になります。
あらかじめ手数料相当額を差し引いた金額で請求書を発行すれば、相殺そのものが発生しません。返還インボイスの論点も生じないため、事務負担はもっとも軽くなります。ただし金融機関や振込方法によって手数料が異なるため、基準となる金額を事前に取り決めておく必要があります。
公正取引委員会は独占禁止法相談ネットワークを通じて、全国の商工会議所・商工会と連携した相談窓口を設けています。判断に迷う場合は、契約書と発注の内容を整理したうえで相談してください。
振込手数料の相殺は、2026年1月の取適法施行によって、消費税の処理より前に「そもそも差し引いてよいか」を確認すべき論点になりました。取適法やフリーランス法の対象となる取引では、契約書で合意していても差し引くことはできません。
対象外の取引で相殺する場合は、売上値引き、代金決済上の役務提供の対価、立替金の3通りから処理を選びます。実務では売上値引きが選ばれることが多く、税込1万円未満であれば返還インボイスの交付義務は免除されます。
取引先を法の対象かどうかで棚卸しし、契約書と支払システムの設定をそろえておくことが、当面の対応の中心になります。