更新日:2025.04.30
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2023年10月にスタートしたインボイス制度によって、一般消費者相手のBtoC取引にも一定の変化が生じています。この記事では、「インボイスは一般消費者との取引に必要か?」「価格表示やレシートはどう変えるべきか?」など、多くの事業者が抱える疑問に税務上の影響・実務対応の観点から答え、その対応策を具体的に解説します。制度を正しく理解し、売上や信頼性を損なわないためのポイントを明確にお伝えします。
インボイス制度とは、2023年10月1日から開始された「適格請求書等保存方式」のことで、消費税の仕入税額控除を受けるために、一定の要件を満たした請求書を保存することを求める制度です。ここで用いられる「インボイス(Invoice)」は、消費税法上正式には「適格請求書」と呼ばれ、特定の情報を記載した請求書のことを指します。
事業者が仕入れや経費などに対して消費税の控除を適用するためには、このインボイスの保存が必要です。つまり、売り手が適格請求書発行事業者であり、その発行する請求書が一定の記載要件を満たしていなければ、買い手は仕入税額控除を受けられなくなります。
インボイス制度導入の目的は、消費税の適正な納税を確保するための仕入税額控除制度の見直しにあります。従来の区分記載請求書等保存方式では、実際には消費税を納めていない免税事業者からの仕入れも、買い手側が消費税の控除対象として処理できるという構造的な問題がありました。
この仕組みにより、免税事業者との取引で「消費税相当額」を仕入れ価格に含めて控除することが事実上可能であったため、本来国に納付されないはずの消費税分が控除されるという不公平が生じていました。そのため、課税の公平性を保つことを目的に、実際に消費税を納税している事業者が発行する「適格請求書(インボイス)」を用いた制度が導入されました。
また、本制度は多くの国で既に導入されているVAT(付加価値税)方式と同様の仕組みでもあり、日本国内でも今後のデジタルインボイスなどの税務行政の効率化につなげる布石ともなっています。
インボイスの発行ができるのは、「適格請求書発行事業者」として税務署に登録された課税事業者に限られます。これは国税庁に申請することで取得できる「登録番号」を保有する事業者のみが、仕入税額控除の対象となるインボイスを発行することができるという仕組みです。
以下のような情報が、インボイスには記載される必要があります。
記載項目 |
具体的内容 |
① 適格請求書発行事業者の氏名または名称・登録番号 |
例:株式会社○○ T1234567890123 |
② 取引年月日 |
例:2023年10月1日 |
③ 取引内容 |
例:商品A × 10点(税率10%) |
④ 税率ごとに区分して合計した対価の額(税込価格) |
例:10,000円(10%)、5,000円(8%) |
⑤ 消費税額等 |
例:10%対象分の消費税額:909円 |
⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称(必要に応じて) |
※買い手が課税事業者の場合に必要 |
登録の方法は、原則としてe-Tax(国税電子申告・納税システム)を利用する形となっており、申請後に国税庁のウェブサイト「適格請求書発行事業者公表サイト」にて、登録事業者としての情報が公表されます。
なお、一度登録を受けると、原則としてその登録は取り消さない限り継続するものとされ、免税事業者から課税事業者に変更する場合には、対応する課税期間の開始前に届出が必要です。登録の取消しには所定の手続きを経る必要があります。
インボイス制度は、主に「消費税の仕入税額控除」を正確に行うために導入された制度です。そのため、消費税の仕入税額控除を受ける必要がある課税事業者間の取引(BtoB)が対象であり、原則として一般消費者との取引(BtoC)においてはインボイスの発行は義務付けられていません。
ただし、BtoC取引でも以下のようなケースでは制度の知識が重要になります。
一般消費者との取引において、基本的にはインボイスは必要ありません。しかし、特定の状況では、消費者からの要望や信頼性の観点から、制度への対応が求められることもあります。
たとえば、フリーランスや個人事業主が家電製品やビジネス用品を自己使用の目的で購入する際には、事業用の経費として帳簿化することがあり、その際にインボイス対応の領収書が求められることもあります。
そのため、以下のような対応が推奨されます。
以下の表は、業種別における一般消費者向け取引のインボイス制度への対応状況とポイントをまとめたものです。
業種 |
インボイスの必要性 |
主な対応ポイント |
小売業(衣料品店、スーパーなど) |
不要(基本的にBtoC) |
・レシートに登録番号を印字 ・法人顧客への対応体制づくり |
飲食業(レストラン、カフェなど) |
不要(店内飲食はほぼBtoC) |
・レジのシステム更新で登録番号対応 ・テイクアウトやデリバリーにおける明細対応 |
サービス業(美容室、マッサージ、学習塾など) |
不要(BtoC中心だが、法人契約の場合あり) |
・顧客が法人か個人かを判断できる体制 ・法人向けには適格請求書の個別発行 |
特に小規模な事業者にとっては、すべての顧客との取引がBtoCであっても、法人や事業者が混在する可能性があるため、適宜インボイス対応を求められるケースへの準備が必要です。
適格請求書を発行できない事業者、すなわち免税事業者がインボイス制度開始後も同様に営業を続けるには、さまざまなリスクを理解しておく必要があります。特に課税事業者との取引において、インボイスを発行できないことが理由で、取引停止や価格交渉の不利が生じる可能性があります。
インボイス制度の導入により、仕入税額控除を受けるためには、仕入先から適格請求書(インボイス)を受領する必要があります。したがって、課税事業者はインボイスを発行できる事業者との取引を優先する傾向にあります。これにより、インボイスを発行できない事業者は、BtoB取引の面で競争力を失い、取引量の減少を招くおそれがあります。
また、BtoC(消費者相手)取引においても、インボイス対応かどうかが消費者の安心感に影響を与えるケースがあります。特に高額商品の場合や法人の経費処理を伴う購入などでは、インボイスへの対応が信頼性の基準として見なされるため、適格請求書の発行可否が選ばれる要因のひとつとなることもあります。
インボイス制度の導入後、税務署による監視体制も強化されます。適正な対応を行っていない場合、ペナルティが課されることもあるため、事業者としては注意が必要です。特に以下の点がチェック対象となります。
チェック項目 |
詳細 |
リスクやペナルティ |
適格請求書の発行有無 |
取引内容に応じて、適切にインボイスが発行されているか |
仕入税額控除の否認、追徴課税の可能性 |
登録番号の記載漏れ |
インボイスに記載されるべき登録番号が欠落していないか |
インボイスとして無効になり、控除不可となる |
帳簿・書類の保存状況 |
一定期間のインボイス・仕訳帳などが保管されているか |
税務調査時に控除否認、過少申告加算税など |
不正発行 |
適格請求書発行事業者でないにも関わらず、インボイスを発行している |
重加算税、罰金及び登録抹消 |
適格請求書発行事業者として登録されていないにもかかわらず、「インボイス対応」と誤認させるような表記や請求書の交付を行うことも、不当表示や税法違反に該当し、行政指導や科料の対象となります。
また、制度開始当初は経過措置があるものの、将来的には免税事業者であっても、インボイスを発行できないことで税務リスクを抱えることになります。そのため、制度意図を正しく理解し、必要な対応を取ることが重要です。
インボイス制度導入後も、消費税の総額表示の義務は引き続き課せられています。総額表示義務とは、消費者が支払う価格が税込価格であることを一目で分かるようにするための制度で、小売業・飲食業・サービス業などBtoC事業者には特に関係の深いルールです。
例えば、店頭の値札やチラシ、レストランのメニュー、ウェブサイトでの商品価格など、消費者が価格を確認するすべての場面において税込価格での表示が求められます。これにより、消費者は支払い時に「思っていたより高い」と感じるリスクが減り、安心して消費行動を取ることができます。
一方、インボイス制度そのものは事業者間の取引(BtoB)に軸を置いた制度であるため、税込・税抜の価格表示の義務関係には直接変更はありませんが、適格請求書保存方式の導入により、価格設定時の消費税の計算方法がより厳格に管理されるようになったため、結果として税込表示にも間接的な影響が出る場合があります。
インボイス制度導入に伴い、実務で無視できなくなるのが、消費税額の端数処理です。従来は四捨五入・切り捨て・切り上げなどを任意で行っていたケースも多くありましたが、適格請求書発行時には正確な消費税額の計算が必要です。
この影響で、店舗などでは「1円単位での価格調整や価格改定」が求められる場面が出てきます。特に税込価格をキリの良い数字(例:¥1,000)に合わせるためには、税抜価格の設定や端数処理方法の変更が必要になることがあります。
対応内容 |
影響 |
該当業種の例 |
端数を切り捨てて税込価格をキリのいい数字に調整 |
実質値下げとなる可能性あり |
コンビニ、100円ショップ |
端数を切り上げて調整 |
消費者に価格上昇と感じられるリスク |
美容室、小売チェーン |
価格帯を一新し、税込価格ベースで再設計 |
業務コスト増だが、制度適応を明確に実現 |
アパレル専門店、レストランチェーン |
また、POSシステムとの連携やレジ設定の見直しも必要とされるため、事業者は税込価格表示のルールを遵守しつつ、いかに効率的に売価を設計するかが課題になっています。
総額表示では消費税を含む価格を明記する必要がありますが、「税抜価格〇円+税」といった表示は消費者向け広告や価格札では原則NGとなっています。これに違反すると消費者庁からの是正指導の対象となることがあります。
一方、複数の価格表記が並ぶケースでは、税込価格が一番目立つように表示することで誤認を防ぐことが重要です。以下に適切な表示例と、不適切な表示例を比較します。
表示例 |
適否 |
備考 |
¥1,100(税込) |
〇(適切) |
総額表示義務を満たす |
¥1,000(税抜)+ 消費税 |
×(不適切) |
消費者に誤認与える恐れ |
¥1,100(本体価格¥1,000 + 税¥100) |
〇(適切) |
内訳を補足表示。総額が明確ならOK |
このように、価格表示は単なる金額設定だけでなく、消費者への情報提供の重要なツールであり、インボイス制度下においてもその役割はより高まっています。
免税事業者はインボイス発行ができないため、消費税相当額を価格に含めているかどうかが消費者にとって分かりづらくなる場合があります。総額表示義務は免税事業者にも適用されるため、販売価格には消費税相当額を含めた金額を表示する必要があります。
例えば、仕入れは免税だが販売は課税対象と同様に見える場合、価格競争において有利になってしまうことから、表示方法次第では消費者との信頼性に悪影響が及ぶ可能性があります。
そのため、免税事業者であっても、誤認防止の観点から「消費税は預かっておりません」「税抜処理を行っております」などの注意書きを付ける配慮が望ましいとされています。
インボイス制度対応や仕入額控除制度の変化に伴って、価格の見直しが必須となるケースがあります。既存の価格体系に消費税の構造を反映するため、事業者はやむなく値上げを決断する場面も増えています。
この際、消費者への丁寧な説明や、制度変更による価格改定である旨のPOPや掲示物での広報がトラブル回避につながります。特に常連客が多い小売・飲食店では「制度改正に伴う価格変更」と明示するだけで、理解を得やすくなる傾向にあります。
また、大手チェーンストアでは、2023年10月以降の税対応価格変更に関し、「インボイス制度対応による価格見直し」を理由として掲げながら、税込価格の設定変更を実施する動きが見られています。
インボイス制度に対応するためには、まず現行のレジスターや会計システムが適格請求書(インボイス)の発行に対応しているかを確認する必要があります。特に、小売業や飲食業など日々多くの消費者への販売が発生する業種では、システム対応が業務効率と正確な税処理の両面で極めて重要です。
インボイスに対応したシステムでは、適格請求書発行事業者の登録番号の記載、消費税の区分ごとの表示、取引日や取引金額などの必要な記載事項が自動で出力可能です。対応していない場合は、システムのバージョンアップや新たなパッケージの導入が必要となります。
日本国内で主に用いられるPOSレジシステムでは、「スマレジ」「Airレジ」「ユビレジ」などが、インボイス対応機能をリリースしています。これらは中小規模店舗でも導入しやすく、クラウド連携によって請求書の電子保存にも対応しているため、電子帳簿保存法への同時対応も可能です。
一般消費者との取引においても、要望に応じて発行する「領収書」や、自動的に渡される「レシート」がインボイスに該当する場合があります。インボイス制度では、次の要件を満たす書類を「適格簡易請求書」として認めています。
記載項目 |
内容 |
販売者の氏名または名称 |
屋号や法人名で可 |
登録番号 |
適格請求書発行事業者として税務署に登録された番号 |
取引年月日 |
消費者への販売日 |
取引内容(軽減税率の対象品目はその旨) |
商品名やサービス内容、軽減対象品目は「※軽減」など明記 |
税率ごとの対価の額(税込) |
8%、10%など税率ごとに分けた合計額 |
消費税額等 |
税率ごとの消費税額(端数処理も明確に) |
このような記載内容を満たしていれば、領収書やレシートもインボイスとして機能します。手書きの領収書を使用している場合は、登録番号の記載漏れなどが発生しやすいため、発行前の確認が重要です。レシート印字に対応していないレジを使用している店舗では、レジ更新や会計ソフト導入が求められます。
インボイス制度においては、適格請求書を発行するすべての事業者が登録番号(Tから始まる13桁の番号)を取得し、取引書類やウェブサイト上に表示することが義務付けられています。これにより、取引相手が正当なインボイスとして取り扱えるかを判断できます。
登録番号の表示が必要な主な書類は以下のとおりです。
また、事業者のウェブサイトの「会社概要」や「特定商取引法に基づく表記」などにも登録番号を記載しておくことが推奨されます。特にネット販売を行っている事業者では、購入者が確認しやすい場所への表示が求められます。
登録番号の誤記や最新情報反映の遅れによって、適格請求書として認められないケースがあるため、定期的な情報アップデートが不可欠です。また、番号変更があった場合には速やかに関係先への通知と書類や表示の更新が必要です。
インボイス制度において、免税事業者は「適格請求書発行事業者」ではないため、インボイス(適格請求書)を発行することができません。これは主にBtoB(事業者間取引)で問題となりますが、BtoC(一般消費者相手の取引)であっても影響がゼロというわけではありません。
特に、取引先が法人や事業者でなくとも、消費者側がインボイス制度に関する知識を持ち始めている中で、「この店はインボイスを発行できないから信頼できる事業者ではないのでは?」という誤解を与えるリスクがあります。また、今後フリーランスや副業として事業を始めた一般人が増えることで、消費者の中に課税事業者が存在するケースも多くなり、免税事業者はそうした層からの信頼を得にくくなる可能性があります。
インボイスを発行できないことが価格競争において不利に働くことがあります。たとえば、適格請求書発行事業者であるライバル店が10,000円(税込)の商品を販売すると、仕入先や法人顧客はその消費税1,000円分を仕入税額控除できるため、実質は9,000円の価格で仕入れられるのに等しくなります。
一方、インボイスを発行できない免税事業者の場合、仕入税額控除が適用されず、消費税分が控除対象外となるため、同じ価格設定では競争力が落ちる可能性があります。以下ではこのような価格面での比較を表にまとめます。
取扱事業者 |
販売価格(税込) |
消費税控除の可否 |
実質的な仕入コスト |
適格請求書発行事業者 |
10,000円 |
可能(1,000円) |
9,000円 |
免税事業者 |
10,000円 |
不可 |
10,000円 |
ただし、免税事業者は消費税を納付する義務がないため、その分納税分を価格に還元することで競争力を維持することが可能です。具体的には、販売価格を9,500円に下げた場合、適格事業者と比較して仕入れ側にとって利益が出る可能性もあります。そのため、価格設定を柔軟に見直すことで顧客離れを防ぐことが重要です。
また、「消費税は頂いておりません」「税込価格=本体価格」といった掲示や、お得感の強調によって、消費者にとっての安心感や信頼性の向上が図れます。
免税事業者であることを明記しないままでプロモーションを行うと、消費者や提携先とのトラブルにつながる可能性があります。特に価格訴求型のキャンペーンでは、税込価格表示に注意を払い、「税込表示=支払額の最終額」であることがわかりやすいように告知する必要があります。
また、SNSやWebサイト、チラシなどで「インボイスには対応しておりません」などの文言を記載することで、消費者との信頼関係維持に繋がります。ただし、その際は表現やデザインにも注意し、ネガティブイメージを払拭する工夫が求められます。
今後、免税事業者に対する制度変更や段階的な見直しが行われる可能性があります。例えば、消費税の免税点の見直しや、簡易インボイス制度の導入などが議論されています。こうした制度の動向に注目しながら、将来的には「適格請求書発行事業者」として登録するかどうかも含め、経営判断が求められます。
現在は一般消費者との取引では大きな制約はありませんが、消費者の購買行動や市場環境が変化する中、免税事業者も自社の立ち位置や利点・リスクを冷静に見極め、制度と社会の流れに対応していくことが求められています。
インボイス制度は主にBtoB取引を対象としていますが、一般消費者相手のBtoC取引にも価格表示や消費者対応などで影響があります。特に小売業や飲食業ではレシート対応や会計システムの更新が重要で、適格請求書発行事業者としての対応が求められます。免税事業者も消費者との価格競争力を維持するための対策が必要です。制度を正しく理解し、実務対応を早めに進めることが重要です。