更新日:2025.07.28
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インボイス制度の開始後、ネットバンキングの振込手数料の扱いに迷っていませんか?この記事では、国税庁の見解や制度上の特例をもとに、インボイスがなくても仕入税額控除を受けられる具体的な帳簿記載方法や、実務上で気をつけたいポイントまで、経理ご担当者さまの不安を解消できるよう解説いたします。
2023年10月1日から始まったインボイス制度により、日常的に発生するネットバンキングの振込手数料について、「インボイスは必要なのか?」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。
結論からお伝えすると、ネットバンキングの振込手数料について、インボイスの保存は原則として不要です。この章ではその結論と、背景にあるインボイス制度の基本について分かりやすく解説します。
インボイス制度とは、正式名称を「適格請求書等保存方式」といいます。これは、消費税の仕入税額控除を受けるための新しいルールです。制度の開始後は、原則として「適格請求書発行事業者」が発行する「インボイス(適格請求書)」がなければ、支払った消費税分の控除(仕入税額控除)が受けられなくなりました。
事業者は、商品やサービスを購入した際に支払った消費税額を、自社が納める消費税額から差し引くことができます。これが「仕入税額控除」です。この控除を正しく適用するために、取引の透明性を高めるのがインボイス制度の目的です。
項目 |
内容 |
正式名称 |
適格請求書等保存方式 |
目的 |
正確な消費税率と税額を取引相手に伝え、仕入税額控除を正しく適用するため |
仕入税額控除の要件 |
原則として、適格請求書発行事業者が発行したインボイス(適格請求書)の保存が必要 |
インボイスに必要な情報 |
発行事業者の登録番号、適用税率、税率ごとに区分した消費税額など |
原則、ネットバンキングの振込手数料にインボイスは不要です。また、ネットバンキングの振込手数料は、インボイスの保存がなくても仕入税額控除が認められる「特例」の対象となっています。
これは、三菱UFJ銀行や三井住友銀行、みずほ銀行といったメガバンクのネットバンキングはもちろん、楽天銀行やPayPay銀行などのネット銀行を利用している場合も同様です。後ほど詳しく解説する「帳簿のみの保存」という簡単な手続きで、支払った手数料に含まれる消費税分の仕入税額控除をきちんと受けることができます。
なぜインボイスを受け取らなくても仕入税額控除が認められるのでしょうか。ここでは、インボイスが不要となる具体的な理由を3つのポイントから詳しく解説します。
インボイス制度では、原則として仕入税額控除を受けるために、取引相手(売り手)から交付された適格請求書(インボイス)の保存が必要です。しかし、一部の取引においては、事業者にインボイスの発行を義務付けることが実務上困難なケースがあります。そのため、特定の取引についてはインボイスの交付義務が免除されています。
金融機関が提供するネットバンキングの振込サービスは、このインボイス交付義務が免除される取引に該当します。具体的には、「自動販売機・自動サービス機により行われる3万円未満の課税資産の譲渡等」という特例が適用されるためです。
注意点として、金融機関がインボイス発行事業者ではない、というわけではありません。多くの金融機関は適格請求書発行事業者として登録していますが、振込手数料という特定のサービスにおいて、制度上の特例により発行が免除されている、と理解するのが正確です。
この扱いは、国税庁の公式見解によっても裏付けられています。国税庁が公表しているインボイス制度に関するQ&A(問85)では、ATMで行う振込サービスの手数料について、インボイスの交付義務が免除される旨が明記されています。
インターネットバンキングによる振込も、ATMと同様に窓口を介さない自動のサービスです。そのため、ATMの振込手数料と同様に「自動サービス機」による取引とみなされ、インボイスの交付義務が免除される取引に該当します。したがって、取引の証明としてインボイスを受け取る必要はありません。
インボイスの交付が免除される取引であっても、仕入税額控除を受けることは可能です。そのための条件が「一定の事項を記載した帳簿のみの保存」です。これは「帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる特例」と呼ばれています。
ネットバンキングの振込手数料は、この特例の対象となる代表的な取引の一つです。具体的にどのような取引が対象となるか、以下にまとめました。
特例の対象となる取引の例 |
摘要 |
3万円未満の公共交通機関による旅客の運送 |
電車、バス、船舶などの運賃 |
3万円未満の自動販売機・自動サービス機による商品の販売等 |
自動販売機の飲料購入、コインランドリー、ATM・ネットバンキングの振込手数料など |
郵便切手類を対価とする郵便・貨物サービス |
郵便ポストに投函された郵便物など |
その他 |
出張旅費、宿泊費、通勤手当など(従業員等に支給するもの) |
このように、ネットバンキングの振込手数料は「3万円未満の自動サービス機」による取引として、インボイスがなくても帳簿への適切な記載と保存さえ行えば、仕入税額控除が認められます。具体的な帳簿の記載方法については、次の章で詳しく解説します。
ここでは、控除を受けるための具体的な帳簿の記載方法とについて詳しく解説します。
ネットバンキングの振込手数料がインボイス不要で仕入税額控除の対象となるのは、「自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等」に関する特例が適用されるためです。この特例は、インボイスの発行が困難な取引を想定しており、ATMやネットバンキングでの振込手数料も該当します。
この特例を受けるための要件は、非常にシンプルです。
一般的なネットバンキングの振込手数料は数百円程度であり、3万円を超えることはまずありません。そのため、実質的には「帳簿への適切な記載と保存」が唯一の要件となります。
仕入税額控除を受けるためには、通常の帳簿記載事項に加えて、特例の適用を受けるために必要な情報を追記する必要があります。具体的には、以下の項目を帳簿に記載してください。
会計ソフトを利用している場合は、摘要欄などを活用して必要な情報を入力します。以下に記載例を示します。
記載項目 |
記載例 |
ポイント |
課税仕入れの相手方の名称 |
三菱UFJ銀行 |
手数料を支払った金融機関の正式名称を記載します。 |
取引年月日 |
2023/10/26 |
実際に振込手数料が引き落とされた日付を記載します。 |
取引内容 |
振込手数料 |
「支払手数料」など、取引内容がわかるように記載します。消費税率10%の取引であり、軽減税率対象ではないため、その旨の記載は不要です。 |
支払対価の額 |
440円 |
消費税込みの金額を記載します。 |
【追記】相手方の住所または所在地 |
東京都千代田区丸の内2-7-1 |
特例を適用するために必要な情報です。金融機関の本店所在地などを記載します。 |
【追記】適用する特例 |
自動販売機特例 |
帳簿上で、この取引が特例の対象であることを明記します。会計ソフトの摘要欄に「(自販機特例)」などと入力するのが一般的です。 |
特に重要なのが、赤字で示した「相手方の住所」と「適用する特例」の2点です。これらの記載が漏れていると、税務調査などで指摘される可能性がありますので、必ず記載するようにしましょう。
法律上、この特例を適用する場合、仕入税額控除の要件は「帳簿の保存のみ」とされています。したがって、ネットバンキングの利用明細や取引レポートなどを別途保存することは、消費税法上の義務ではありません。
しかし、実務上の観点からは、これらの利用明細を補足資料として保存しておくことを強く推奨します。理由は以下の通りです。
これらの利用明細は、あくまで帳簿記載内容を補強する「補足資料」です。利用明細自体がインボイスの代わりになるわけではない点に注意してください。もし電子データ(PDFやCSVなど)で保存する場合は、電子帳簿保存法の要件に沿った方法で保存する必要があります。
ここでは、ネットバンキングの振込手数料とインボイス制度に関して、特に疑問に思われがちな点をQ&A形式で解説します。
ネットバンキングを含む銀行の振込手数料については、インボイスの交付義務が免除されているため、受け取る側がインボイスを要求する必要はありません。これは金融サービスという性質上の特例です。
ただし、金融機関が提供するサービスすべてがインボイス不要というわけではありません。例えば、金融機関からコンサルティングサービスや、特別なシステムの提供などを受けた場合、それらが課税取引に該当し、かつ金融機関がインボイス発行事業者であれば、インボイスの交付が必要となります。
振込手数料そのものに例外はありませんが、金融機関からの請求内容によって扱いが異なる点に注意が必要です。
サービス内容の例 |
インボイスの要否 |
国内の振込手数料、ATM利用手数料、口座維持手数料など |
原則不要(帳簿のみの保存で仕入税額控除が可能) |
M&A仲介手数料、経営コンサルティング料、有料セミナー参加費など |
原則必要(金融機関がインボイス発行事業者の場合) |
はい、仕入税額控除が可能です。取引先(売り手)に支払う代金から、自社(買い手)が負担すべき振込手数料を差し引いて支払う「売り手負担」のケースでも、その手数料は自社の課税仕入れに該当します。
この場合、取引先が振込手数料を立て替えて金融機関に支払ったものとして扱われます。国税庁の見解では、このような立替払の場合でも、振込手数料はインボイスの交付義務が免除される取引に該当するため、帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められます。
したがって、売り手から手数料に関するインボイスや立替金精算書を受け取る必要はなく、自社の帳簿に必要事項を記載して保存すれば問題ありません。
はい、仕入税額控除は可能です。経理の実務上、振込の都度手数料を記帳するのは非効率です。そのため、多くのネットバンキングで発行される月間の利用明細などに基づき、1ヶ月分の振込手数料を合計して記帳する方法が認められています。
この場合、帳簿には以下の点を記載します。
このように、取引内容が明確にわかる形で記帳・保存されていれば、仕入税額控除の要件を満たします。
国内の金融機関を通じて海外送金を行う際に支払う手数料は、国内で行われる取引(役務提供)と見なされ、消費税の課税対象となります。
この海外送金手数料についても、国内の振込手数料と同様に、金融サービスに付随するものとしてインボイスの交付義務が免除されています。したがって、インボイスを受け取る必要はなく、帳簿への記載・保存のみで仕入税額控除を受けることができます。
ただし、海外の銀行に直接支払う手数料など、国外取引に該当するものは日本の消費税の対象外(不課税)となるため、仕入税額控除の対象にはなりません。あくまで国内の金融機関に支払う手数料が対象です。
ネットバンキングの振込手数料に関しては、インボイス制度上、原則としてインボイスの保存は不要であることが国税庁の見解でも明確にされています。制度の特例により、帳簿に必要な情報を正しく記載・保存すれば、仕入税額控除を受けることが可能です。振込手数料は頻繁に発生する日常的な経費の一つですので、本記事の内容を実務にお役立ていただき、安心して制度に対応いただければ幸いです。